この2週間、国立青少年教育振興機構のユースワークの国際比較研究調査の一環で、ルーマニア・ハンガリーを訪問してきました。
なぜルーマニア・ハンガリー?
①エリアスタディーズ的関心
ハンガリーのユースワーク団体GIYOTにて
そもそもなぜルーマニアとハンガリーなのかというと、これまでヨーロッパの若者政策やユースワークの研究というと、西欧や北欧を中心としたものが多かったのですが、その他のヨーロッパ(例えば南欧や東欧)の地域の実態については、ほとんど研究がありませんでした。伝統的なユースワークの枠組みがある西欧(英国のユースワーク、フランスのアニマシオン、それらのミックスであるベルギーなど)、手厚い社会保障や文化としての余暇活動が位置づけられている北欧、という構図がみえる中で、東ヨーロッパにおけるユースワークの実態はどうなっているのかというのがまず、最初のエリアスタディー的な関心の出発点でした。また汎欧州の中の東欧諸国における実態をみることで、西欧や北欧の取り組みについても相対化ができるのではないかという狙いもありました。
② EUの枠組みの活用度合いの精査
欧州ユースセンター・ブダペスト
また、近年のヨーロッパの和若者政策は、2001年の若者白書を起点に、汎欧州レベル(EUや欧州評議会)で若者政策が展開されてきました。単なる理念の共有に留まらず、莫大な予算を若者政策に投じて、EU圏内での国際交流や、若者政策の開発のための会合の開催、人材養成、ネットワーキングなどを支援してきました。ユースワーク分野においても、欧州ユースワーク大会が2010年から5年に一度づつ開催され、ユースワーク施策の基盤形成を支援してきました。そういった汎欧州レベルの枠組みが、東欧諸国ではどのように活用されているのかをみに行くという目的です。北欧や西欧の若者政策やユースワークにおいても汎欧州レベル(EUや欧州評議会)のリソースの活用の話は出てきてはいますが、どちらかというとモデルになってきたのが北欧であり、中心となってきたのが西欧でした。ある研究によると、ルーマニアにおけるユースワーク環境は、ユースワークの社会的認知度も、ワーカーのキャリアパスも、ネットワークも十分ではないことが明らかになっています。故にそういった国においては汎欧州の若者政策のリソースの活用度合いが高いのではないかと考えていました。
③ 西欧中心主義の相対化、ジオポリティカルな関心
以上のようにヨーロッパではEUや欧州評議会がリソースを投じて若者政策とユースワークを展開してきたわけですが、それはある種の西ヨーロッパ中心主義(Western Euro Centrism)に支えられてきたのではないか、その他地域のローカルなユースワーク的実践を蔑ろにし得ないだろうか、という疑問も浮かび上がりました。特に、ハンガリー、ルーマニアはどちらもEU新参国で(ハンガリーは2004年加盟、ルーマニアは2007年加盟)あり、かつ1990年まで旧共産主義圏であった(ソ連支配下でなかったが共産主義政権が影響力を持っていた)という共通点があります。
またハンガリーの首都であるブダペストには、欧州評議会のヨーロピアンユースセンターが1995年より設置されており、フランスのストラスブールの同施設と並んで汎欧州レベルでの若者政策の拠点となっており、ここに何か「きな臭さ」のようなものを感じていたのでした。果たして、共産主義が崩壊してから西側諸国にジョインしたこれらの国はどのような立場や環境に置かれているのか、そういったジオポリティカルな関心も事前研究をするうちに高まってきました。とくにルーマニアは、スラブの国に囲まれながらラテン語を話し、キリスト教とイスラム教の境界線であったり、ゲルマン主義とスラヴ主義の対立軸上にあったりと何かしら「狭間の地政学」な国であるという特徴がありました。(把握にあたっては母校静岡県立大の教授である六鹿先生の文献を読みまくりました。)
訪問調査の概要
そのような研究関心を持って訪問した2カ国における2週間のコーディネートをしてくれたのは、2013年に初めて静岡であった時からの仲である Mihai Sebe (ルーマニア家族・青少年・機会均等省)さんです。2年前のストラスブール訪問時から毎回素晴らしいコーディネートをしてくださっています。
今回は、ルーマニアでは首都のブカレスト、ウクライナの国境付近の街バヤマーレ、大学都市のクルジュ=ナポカを訪問し、ハンガリーではブダペストに滞在しました。ルーマニアでは14、ハンガリーでは10の団体・施設・研究者を訪問することができました。受け入れをしてくださった全てすべての方に感謝申し上げます。
ウクライナ難民を支援するROUAセンター
クルジュ・ナポカのYouth Foundation
ブダペスト11区のユースセンターの若者と
細かいことはまた精査する必要がありますが、ひとまず現時点での今回の訪問の簡単な総括を以下に記します。
今回の調査訪問で学んだこと
1. ルーマニア・ハンガリーにおける若者政策・ユースワークの現状
YMCA バヤマーレ
まずそれぞれの国における若者政策・ユースワークの実態。事前調査の段階で、どちらの国も発展途上な印象がありましたが、それがよりリアリティを持って理解できました。
ルーマニアの若者政策は、若者法(2006)によって規定されており、国レベルのユースカウンシルを規定する法律も存在し、管轄省庁もありますが、最大の課題は、十分なリソースが投じられいないことと、政府・行政機関のコミットメントの低さでした。ユースワークは職業基準(Occupational Standard)としては明確化がされていて、認証のための国による研修制度などもあるも、社会的な認知度は高くなく、リソースが投じられていないために、ユースワーカーのキャリアパスが安定しない。他方で市民社会セクターはルーマニア国内でユースワーク大会をこれまで3度開催してきたり、ウクライナ難民支援の際にはNGOセクターでの多様な連携が展開されてきました。しかし、自治体による実践への資源投入は地域差があり、今回訪問したほとんどの団体が、大枠を寄付とEUの資源活用とボランティアに依存せざるを得ない状況でした。
ブダペストのユースセンター
ハンガリーも似たような状況でしたが、異なる経緯を辿ってきたことがわかりました。むしろルーマニアよりもさらに後退したという印象です。若者政策(2009-2014)はかつてはあったも後継はなく、ユースワークの研修もなくなり、ユースワークを教える課程も断片化した状況。国レベルのユースカウンシルは存在するも、学生団体が中心で、影響力は限定的。その他はルーマニアと似たような状況でしたが、若者法や省庁があるルーマニアの状況を羨む人も多かったです。若者研究はルーマニアよりも盛んな印象がありましたが、政権よりと反体制派によって研究内容の信憑性が問われているという現状でした。(特に現政権になってから全体的にナショナリズムを強調する施策ゆえに、エラスムス事業が停止していたり、移民政策が限定的となっていることも若者政策へのコミットメントを下げている要因ともとれました。)
ちなみに伝統的なユースワーク実践としては、ルーマニアでは、国主導の若者のむけの社会奉仕事業がありましたが共産主義政権時代に改革が起き、「ユースヤード」というワークキャンプやユースセンターを設置したりしていました。ハンガリーでは、ボーイスカウト・ガールガイドが今でもあるようですが、元々はピオニールから来ているものが一部残っているとのことでした。
2. 汎欧州の若者政策の枠組みの活用の実態
エラスムスを活用した国際交流事業
どちらの国もEUと欧州評議会による汎欧州の若者政策の枠組みをよく活用していました。ヨーロッパ圏内での国際交流事業である、エラスムスには「ユース」部門があるのですが、このユース部門をがっつり活用して、ユースワーカーの研修や交流をやっている現場にいくつかいかせてもらいました。その1つは、ハンガリーとフィンランドのユースワーク組織主催の事業で、若者の参画の枠組みを若者がつくるという交流事業をやっていました。参加者は、それぞれの国のユースワークを学ぶ学生と、ユースセンターに通う若者の2グループでしたが、派遣先で実施するプログラムを考案実施していたのは学生で、ユースワーカーたちの関わりはスーパーバイズに留めるという形で、参画的なプログラム運営を行っていました。このプログラムにかかるほとんどの経費をエラスムスユース事業で賄えるのです。
エラスムスとは別ですが、別の欧州の枠組みでいうと欧州ユースキャピタル
(European Youth Capital) も印象的でした。この取り組みは、欧州若者フォーラム(European Youth Forum)が、若者フレンドリーな都市を広めることを目的に実施しているキャンペーン事業ですが、ルーマニアのクルジュ=ナポカは2015年に欧州ユースキャピタルに選ばれ、その間、Com’on Cluj-Napoca (
https://www.comoncluj.ro/)という若者参画予算(youth paricipatory budgeting)を実施し、ユースセンターを街中に設置するということも実施してきて、「若者のまち」を盛り上げてきました。
3. 人口問題 vs 個人の権利保障
National Youth Foundation
どちらの国でも印象的だったのが、著しい人口減が起き、その対応に追われているということでした。もともと、チャウシェスク政権下で、エグい人口政策を展開し出生率を3倍まで高めてきたルーマニアでしたが、崩壊後には少子化に突入します。現在は1.6ほどの出生率ですが、それよりも人口減に拍車をかけているのは、海外移住者の増加です。ルーマニア人は元々海外在住者が多いといわれていますが、特にEUに加盟後からモビリティが高まり、海外移住者が圧倒的に増えたことにより、自然減だけでなく社会減による人口減少が加速しました。ハンガリーの現政権は、特にこの辺りを意識していることもありエラスムを止めたり、若者に帰国と定住を促すキャンペーンを実施するなどしていました。
この点についてある研究者にこんな質問をしてみました。「エラスムスで海外留学し、他国の環境を知ってしまった若者が海外移住をするという頭脳流出(brain drain)にEUの枠組みが貢献しているのではないでしょうか?」。すると、移住はそもそも個人の選択の自由の結果であるということ、逆に留学をした結果、自国に他国でみたスタンダードを求めるようにもなる、という回答をいただきました。少子化などの話題になると国家を大きな主語にして物事を論じがちですが、そもそも人間誰しにも幸福追及権はあるわけで、だからこそヨーロッパにおいてはモビリティ(mobility)の保障も、その他の権利と同じように論じられているのだなと気づかされました。
4.若者の課題
クルジュ・ナポカ市郊外のエリア。共産主義時代の建造物が多く残る。
両国において特に話題となっていたのは、都市と地方の格差の問題、教育格差の問題でした。経済的にも豊かではないところでは若者の余暇や教育の機会が限定的であり、そこにユースワークがアウトリーチしていく取り組みをしていました。そのような地域では、教員の待遇も悪く、公教育自体がそもそも十分ではなく、ユースワークが公教育の代替ではないにしてもそれに近い基礎的な教育機会の提供をしているところもあるという状況でした。
また、アクティブ・シティズンシップを若者政策やユースワークで意識する理由も、「今の若者はかつての共産主義時代を知らないから」という点もこのエリア特有でした。少数民族であるロマ人の課題や、支援の実態についても話が聞けたことは大変貴重でした。
訪問をおえての所感
クルジュ・ナポカ ラーニングハブ
北欧の進歩性
訪問中に「スウェーデンやフィンランドだとこうなっていて」と現地の研究者や実践者がおっしゃっていたことも興味深かったです。北欧については、自治体の若者政策のリソースの厚み、中間組織としてのNGOの豊かさが話題になりました。東ヨーロッパを参照したことで、北欧の取り組みの進歩性がより明らかになりました。
若者政策のスタンダードがない日本の若者政策
では、日本と比較したときにはどうか。日本には若者政策は、「子ども若者育成支援推進法」やそれを元につくられている「子供・若者大綱」がありますが、そもそも何が若者政策で何がそうでないかなどの、基本的な枠組みや対象が曖昧なために、労働・教育・福祉施策、その他諸々が混在しているのではないかと改めて考えさせられました。たとえば、若者の声を代弁するNGO組織を位置づけ、若者政策形成時の公的なチャンネルとすることなどが、欧州の「若者政策のスタンダード」とされているわけですが、そういった議論がありません。何が「若者政策(youth policy)」といえるのか、という議論です。なので、若者団体(Youth NGO)の活動の中間支援というよりかは専門家への「研修」を国レベルでやってしまうのです。若者団体と若者政策を共同で意思決定していく「コ・マネジメント(co-management)」ではなく、ネットアンケートやヒアリングに留まるのではないか。
断片化・埋没化する若者政策
こども家庭庁の発足が近いですが、そこでは「こども」には「若者」を含むとされていますし、これまで予算がほぼなかった若者政策も施策に位置づけられることで追い風になるとは聞きますが、字面上ではこども家庭施策に埋没・断片化したようにもみえてしまいます。ルーマニアでも同じようなことが起こっており、これまで「青少年・スポーツ省」だったのが、去年から「家庭・青少年・機会均等省」となりスポーツ省が独立しました。
ヨーロッパで若者政策の枠組みが議論されてきた背景には、欧州統合の推進があったからといえます。故に、多国間で若者政策の発展を切磋琢磨し、各国の若者政策のレビューを通じて「若者政策のスタンダード」作成というよりメタナ議論がされてきました。日本は国レベルでは、バイラテラルな連携はあっても、若者政策での多国間での協働の枠組みへの参画は果たしてできているのでしょうか。
日本のユースワークの課題
最後に、ユースワークについて。日本においてもユースワーク的な実践や施策は各地で多様に展開されています。伝統的な青少年教育的なもの、児童福祉的なものから、近年になって増えた就労キャリア支援的なもの、遊び、学生団体、余暇・文化・芸術活動、国際交流、居場所づくりなどなど様々です。それらをまとめてユースワークと呼ぶべし!ユースワークでまとまろう!とは考えません。むしろそぞれぞれの実践の多様さを尊重していくことが必要です。そのうえで、どのようにして実践支援策を厚くしていけば良いかを考える必要があります。それは東欧諸国がこれまで経験してきたように、政権や社会情勢によって若者政策や実践現場が左右される可能性があるからです。そうなったときに最も最初にダメージを受けるのは若者の生活世界です。ヨーロッパは、そういった認識のもとにあえて若者政策の実践主体として「ユースワーク」という言葉を「政治的に」選んできました。「外からみたらわずかな違いで、同じ業界なのだから、結束してユースワーク業界盛り上げていきましょ」となったということです。)日本でそうならないためにどうしたらいいか、考えていく必要があります。
何のための若者政策か、ユースワークか
一方で、そのようなユースワーク施策の基盤形成の際に注意しないといけないのが、何のためのユースワークであり、若者政策とするかという視点ではないでしょうか。スウェーデンでは市民社会形成のための若者政策とされているので、若者政策も若者による自発的結社を促進する施策が基本となるので、若者政策の目標が「若者の社会的影響力を高める」なのです。そのような民主主義の土壌として、基本的な人生の前半期の生活保障、教育機会の均等、余暇の保障があるわけです。
以上、つらつらと書きましたがまだまだ共有したいことは盛りだくさんです。報告会なども企画するのでどうぞフォローお願い致します。
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