北欧へ留学する方法 Photo credit: KenSBrown via Visual hunt / CC BY
またまた寄稿記事をいただきました。
今回はドイツの大学の学費について、ドイツ語・日本語・英語の通訳者として活躍する綿谷江利菜 (@ellina0817) さんからです。ドイツの大学の学費についての最新の動向についてです。
自身も、ドイツの大学を卒業していただけに今回の方針に驚きが隠せないようです。
バーデン=ヴュルテンベルク州の大学で非EU圏留学生に対して有料化の決定
先日からドイツの大学の授業料に関するニュースが話題になっています。これまでドイツでは、国籍問わず大学の学費は無料でしたが、バーデン=ヴュルテンベルク州は、非EU圏からの留学生に対して年間3000ユーロ程度(暫定)の授業料を徴収することを決定しました。これまでにも授業料をめぐる議論は何度もありましたが、最終的には、学問は志ある全ての人に対して平等にチャンスが与えられていなくてはならない、ということで「(授業料を)取るべきではない」という結論に至ってきたので、この決定には少々驚くとともに残念に感じる私がいました。
バーデン=ヴュルテンベルク州は南ドイツに位置する
州政府が国立大学の授業料を決めるドイツ
ドイツの大学事情をご存知でない方もいらっしゃると思うので、ここで少し説明しておきます。
ドイツは連邦制ですので、ざっくりとした部分は国が決めるものの、細かい部分は州に任せて自治権を与えています。日本では考えられないかもしれませんが、教育は州の管轄なのです。ざっくりとした枠組みは全国で統一しているものの、学校でどのような教科があり、カリキュラムをどうするかも州政府が決定します。16州16色。
当然、各政府が教育に使えるコスト、目指すものや若者に求めるレベルも違ってくるので、大学に進学してから「〇〇〇州のアビトゥーア(高校卒業試験・大学入学資格)で○点を取ってるなら頭が良い!」とか「〇〇〇州のアビトゥーアなんだー・・・」という会話が冗談交じりで飛び交うこともありました。それを問題視して、10年前からアビトゥーアの試験を全国で統一させており、均一化も進んでいるとは思いますが、それまでは学校毎に試験問題が作成されていました。
話を少し戻すと、大学の授業料も州ごとに違うのがドイツなのです。国立の大学であるにも関わらず、2005年から州が国の干渉を受けずに授業料を決定することが可能になりました。私が大学生になったのもその頃で、授業料を取る州と取らない州と半々くらいでした。大体の目安になったのが、その州の政権を取っているのがどこの政党か、です。キリスト教民主同盟政党系(メルケル首相の党)なら授業料がかかる、社会民主党なら無料、といった感じです。首都のベルリンは社会民主党が強い州です。
一般授業料は誰でも無料
授業料は、年間で1000~1500ユーロ(約11万〜17万円) 程度なので、日本やアメリカに比べたら大した額ではないかもしれませんが、それまで無料だったものが有料になったという事実は、大きな波紋を呼びました。学問はすべての人に平等に与えられるべきだ、家から通える大学に通おうとしたら運悪く授業料を納めなくてはならない人が出るのはおかしい、など様々な抗議の声が上がり、2014年には「Allgemneine Studiengebühren」と呼ばれる一般授業料が全国で廃止されました。
ベルリンのフンボルト大学 | Photo credit: Hefzi Chalchi via VisualHunt / CC BY
そういうこともありドイツは、多少条件はありますが、基本的には学費ゼロです。国籍やアビトゥーア相当の卒業資格をした国を問わず、学費はかかりません。(※ただし、音大は例外で外国人学生のみ授業料が発生する学校が何校か存在しています。音大は普通の大学とは勝手が違うのでここではこれ以上言及しません。)
最近は、卒業が遅れている学生(5年目以降)、シニアの学生、2度目の大学生(途中で学部を変更した人や、社会人)に対してのみ年間1000ユーロ(約11万円)以内の授業料を課している州もいくつかあるようですが。
大学進学率がそれほど高くないドイツにおいては、学生の待遇がとても良いです。しかも、国籍関係なく、その恩恵にあやかれるのが外国人学生にとって大きな魅力だと思います。また、私に関しては、日本人であっても、ドイツの永住権を持ち、親もドイツ国内に在住で、ドイツでアビトゥーアを取得しているので、Bildungsinländer(教育内国民)とみなされ、99%ドイツ人と同条件で学ぶことができました。国費留学もさせてくれます。
ただ、進学率が高くなればなるほどに、グローバル化が進めば進むほどに、大学機関が政府の財政を圧迫するのは想像に難くありません。それを受けて、2005年から授業料を自由に設定してもいいよというお達しだったのでしょう。
非EU圏学生に授業料を課すとは、何を意味するのか?
ドイツは第二次世界大戦後、連合軍の主導で民主化が徹底的に進められました。共産主義やナチズムを彷彿させるものは一切排除され、過去の失敗として学ぶだけの対象となりました。だから、学校には制服も校則もありません。意見が対立することを自然なこととし、それとどう付き合うかを学びます。幼い頃から自分の意思を確認させます。それが主体性を育む方法とされているからです。そんなドイツで、人種差別だと批判されかねない、国籍で授業料を決めるという案が通ったことには驚きでした。もちろん、そうでないことは百も承知ですが、ドイツがそういうことをやると絶対批判されるので・・・。
しかも、授業料徴収を推進しているBauer大臣は、緑の党の党員。緑の党は授業料に断固反対し、一般授業料廃止を一番熱心に訴え続けた党なので、矛盾してない?! と腑に落ちないことが沢山あります。
Theresia Bauer 大臣
地元メディアSWR(南西ドイツ放送)の記事によると、意外にも内部反発も大きいらしいですが、Bauer氏は財政立て直しを求められているのはどの州も同じであることを前提に、
・バーデン=ヴュルテンベルク州は特に財政再建コストが大きいこと
・外国人学生の故郷でも大抵は学費がかかること
・すでに一部の音大で同じシステムを導入していること
・大学の質を上げることで、逆に生徒が定着する
などと主張しているそうです。
別の議員のコメントには最終的には賛成派が過半数を占めるだろうともありました。今のところ、対象となるのは大学に進学するためだけにドイツに来た非EU圏学生だそうです。つまり、ドイツでアビトゥーアを取得していれば対象外のようです。逆に言えば、別のEU諸国で高校を卒業した非EU人は学費がかかるということです。
漠然と「時代が変わったのか、なぁ・・・?」と感じました。財政的な問題とは別に、国際社会の中で20年前だったら実質的に許されなかったであろうことが行われようとしていることに、良い悪いの話ではなく、時代の流れを感じたのです。猛反対している政治家も少なくないので、まだどうなるかはわかりませんが、同州でこの政策が受け入れられれば便乗する州はきっと出るでしょう。
大学の質が上がるのであれば、多少の授業料を徴収するのも仕方ないのかもしれません。しかし、国籍でその授業料が決まるのはナンセンスに思うのです。区分し易さ以外のなにものでもありません。でも、実際はもっと複雑で、国籍と母国語とアイデンティティーが複雑に絡まりあっている人たちからしたら納得がいかないでしょう。学問がまるで「商品」であるかのような印象も受けます。ならば、いっそのこと、全ての学生から授業料を取るのは不可能なのでしょうか。(管理コストもかかるし、ポリシーの面でも矛盾してしまうのでしょうけど・・・)どんなに大変でも、全てを同等に受けいれるのがドイツの底力だ!と勝手に思い、そこが好きなのですが、良い悪いでは片付けられない、そこはかとなく寂しさを感じるニュースでした。
参考リンク:
寄稿者プロフィール
【初耳学出ました!】ドイツ語を話すと表情筋を80%も使うという検証をしました(^^) #初耳学 #林先生 pic.twitter.com/iExU0HvDKZ
— 綿谷江利菜//Erina Wataya (@ellina0817) 2016年6月26日
綿谷江利菜/Erina Wataya (@ellina0817)
フリーの日/独/英通訳・翻訳・司会者。他にも、ドイツ語家庭教師、リサーチアシスタント、ウグイス嬢、モデルなどマルチに活躍する。ドイツで生まれ育ち、2014年5月より東京在住。ブログではバイリンガルとして育った経験、ドイツ語ネタ、東京に越してきてから感じたことなど綴っている。http://erinawataya.com/
綿谷さんありがとうございました。
ぼく自身もドイツの学費が無料であることを他の記事でまとめていたので、このニュースを知り、驚きました。移民に割と寛容な北欧ですら、最近では非EU圏の学生に対しては学費を課しています。フィンランドは、有料化を取りやめることが議論されましたが、再び有料化してしまいました。日本人が学費ゼロで留学できる先は、これでノルウェーだけになってしまいました。
ただし綿谷さんも指摘している通り、ドイツの場合は、州ごとに教育政策が異なること、は頭に入れておいた方がよさそうです。そして有料化したといっても、授業料は年間で約11万〜17万円程度なんです。しかし、今は学費が高いイギリスだって昔は学費が無償でしたが、大学と進学者数が増加したことによって90年代後半から学費を課すようになり、以後、高騰していきました。
今後も、動向を見守っていきましょう。