教科書の読書メモです。
Children, Culture, Globalization(CCG) Advanced level という授業で使ってます。
読み進めていく度に追記してきま〜す。
序章:子どもとは?
序論
- 子ども(child)という概念は、身体的に未熟な人間というだけで定義される訳ではない。それは子どもが着ている服、扱われ方、そして子どもは何をすべきで何をすべきではないという社会的・文化的な規範によって定められる。
- またそれは、文化によって異なり歴史的な時間軸の中でも異なるものである。生態的な成熟度によって定義する場合もあれば、法的に定められる場合もあれば、社会的に文化的に定められる場合もある。
- 多様な視点によって子どもの定義の取り組みがなされているが、その中でも特に科学的アプローチ、社会構成主義的アプローチ、適応型アプローチの3つが主にある。
科学的アプローチ
- 科学的に子どもを定義するためには、厳格な方法論によって客観的な事実を証明する必要がある。その方法は、まず子どもの発達を証明する理論を構成し、仮説を立て、その仮説に基づき実験を行い観察と調査を行う。
- ピアジェ(Piadget)は子どもの発達に関する科学的な実験をこなった。ピアジェは、子どもは段階的に思考能力が発達するわけではないが、段階的な発達過程を経るのではないかという仮説をたてた。実験と観察を通じてピアジェはこの仮説を証明した。
- コールバーグ(kohlberg)らは、子どもの成長過程においてに心理的ななジレンマが生じるかどうかの研究をおこなった。結果、子どもは幼稚な思考方法を経た後で、大人のレベルの思考能力のレベルに到達するという、子どもの心理的発達段階理論を確立した。
- このような調査データは、子どもが正しいことと間違ったことの判断ができる年齢や段階などに関する問題などで活用されるようになた。
社会構成主義的アプローチ
- 社会構成主義者は、人々が世界を理解し、その結果として人々が行動し形づくった文化、歴史や社会の経過による影響という点を強調する。
- 「子ども(child)」や「幼児期(childhood)」は、人々によって意義を伴う区分をされた中でのみ社会的に構成されたものである。
- 社会構成主義者は、人々の思考や理解によって形作られた異なる現実しかないと言いたい訳ではない。人々がある時は許容し奨励し、そして隠し阻止したことによって生じた、実際的で心理的な事物の結果としての、代替可能な「現実」に関することであるということなのである。
- また社会構成主義者は、道徳的な価値感は客観的に定義され測定できるものであるという仮説を立てようとする。
- 社会構成主義的なアプローチによると、殺人などの重大な犯罪をおかした子どもを認識するには2通りの言説があることになる。ロマン派の言説(Romantic discourse of childhood)は性善説的な考え方で、子どもは生まれながらにして善なるものであり、何か他のことによって傷害をうけたときにだけ悪いことをするとしている。結果として犯罪を犯した子どもは、治療によって対処されるということになる。ピューリタンの言説(Puritan discourse of childhood)は、子どもは性悪的であると見なすので、犯罪を犯した子どもは罰せられることになる。
適応型アプローチ
- 適応型アプローチは、社会政策や専門的な実践、法律などの理論や調査に適応させる際に、上記の2つのアプローチを活用する。
- 発達論によって裏付けられた科学的アプローチは、子どもの発達段階に応じた異なる能力などの理論を提供する。この理論は、例えば犯罪を犯した子どもは更正することができるという政策を裏付ける際に用いられる。
- また社会構成主義的アプローチは、犯罪を犯した子どもへの処罰に関する論争がなぜこんなにも多いのかということを考える洞察を与える。近年の刑事司法制度の変遷を理解するにあは、歴史的にも社会・文化的にも相反する2つのモデルを「幸福・公正モデル」として同一視することが欠かせない。
結論
- これら3つのアプローチは競合してるわけではなく、異なる3つの考え方ととらえことが重要である。しかしまた複雑に相互作用しているのも事実である。科学的アプローチが立証した進化論の独りよがりを阻止することに社会構成主義的アプローチは貢献している。
- またこれらの考えが西欧的な思考を前提としていることに対して、サイード(Said)が提唱した批判にも触れる必要がある。子どもに関する学問の研究者は西欧出身の裕福な白人の学者が大多数を占めており、そのような学者の文化の中で子どもを「規範」とすることがしばし見られる。オリエンタリズムを持ち込むことは簡単であり、規範外のものをエキゾチックに見るのである。
- 科学的アプローチは明確であり実際的である。例えば、子どもの再犯を防止するのにどのような処方策が最も適切なのかどうかを判断する際に、客観的な視点を与える。さもなければ主観と偏見による判断となってしまうのだ。しかし、真の客観性には限界があることも認識し、ある程度の柔軟性を持たせることも重要である。
第二章 Childhood in time and place
第一部 Construction of childhood
- 子どもという概念は固定的なものではなく、特定の社会や文化を創造するものであると捉えることが重要である。
- また、時間や個々の経験や多岐にわたる社会・文化的な価値観によって変化するものである。
- 多くの社会構成主義者は、子どもについて議論するときに相互作用をもたらす概念として”ディスコース(discourse)”という言葉を用いる。
- 人々は、各々が所属する社会的な政治的な位置づけを頼りにして、現存する世界を理解する。それぞれの社会にそれぞれのディスコースがあり、男性が女性に対して、大人が子どもに対して持つディスコースというのがある。
- ディスコースは単に現実を反映しているだけでなく、ディスコース自身をも生成するものである。人々が考え、話すことは自分のこれまで歩んできた人生や他人に影響を与えられたものである。
- 子どもについてのディスコースは、特定の文化がどのように子どもの未熟性や他の年齢層の中でどのように位置づけられているのかを反映している。それは、宗教、哲学、法律、医療など様々な社会の中で生成されるものである。
- 大人も子どもも、子どもの頃の経験を理解するためにこのdiscourseを使う。
第二部
- 人間という概念や生命の始まりは、社会によって多様である。
- 社会構成主義者はこのような学説・ディスコースは、子どもや大人が社会の中でどのように位置づけられ扱われてきたかの結果であるため、社会の体系の一部だと考える。故に、問題が生じたときには相応の困難が訪れる。
- Ariesは、子どもは生物学的に定義されるものでなく、社会構成主義的に定義されるものであると主張した歴史家であったが、彼によると中世のヨーロパにおいて子どもという概念は存在しておらず、17世紀においては子どもという概念は考慮されていなかったと主張している。
- 社会構成主義的なアプローチで子どもの発達を学ぶ学生にとって、Ariesの唱えた主張は西欧の歴史において子どもという概念を理解するには、重要な出発点となることは明らかである。
コメント