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「新自由主義から降りるユースワーク」とは何か――日本社会教育学会のラウンドテーブルで報告しました

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2026年6月、日本社会教育学会の6月集会で、「新自由主義から降りるユースワーク――社会教育・学校実践との対話から可能性を探る」と題したラウンドテーブルを開催し、私(両角達平/日本福祉大学)が全体の司会と最初の報告を担当しました。

このテーマは、ここ2年ほど取り組んできた研究会の議論の蓄積から生まれたものです。津富宏さん(立教大学)、実践者の山本晃史さん(With Youth)らと始めた小さな集まりが、徐々にメンバーを増やし、科研費の採択を受けて本格的な研究会へと発展してきました。スペインやオーストリアの現場報告、ラディカル・ソーシャルワークの研究者を招いた議論などを重ねてきており、今回はその議論の通過点を学会の場で共有する機会となりました。

この記事では、当日の報告とディスカッションの内容を、できるだけ読みやすい形で整理してお伝えします。私の報告スライドは記事末尾で公開していますので、あわせてご覧ください。

なぜ「降りる」なのか――問題意識から

そもそも「新自由主義から降りる」という言葉は、研究会のなかで津富さんがふと口にした言葉でした。最初から明確な定義があったわけではなく、「どんな降り方があるのか」「降りるとは違う道もあるのではないか」と議論を重ねるなかで、少しずつ輪郭が見えてきた問いです。

私自身がこの問題に向き合うきっかけは、二つあります。

ひとつは、若者の社会参加度が非常に高いスウェーデンのような国にすら、新自由主義や消費主義、高度資本主義が静かに浸透しているという観察でした。ヨーロッパ各地のユースワークを研究するなかで、この影響が国を問わず広がっていることが見えてきたのです。

もうひとつは、日本福祉大学に着任してから出会った、ある具体的な事例です。長年NPOが運営してきたユースセンターが、競争入札によって大手企業のコンソーシアムに運営権を奪われてしまう――そうした出来事が、学習支援をはじめ全国各地で起きていることを知り、強い危機感を覚えました。

事業を続けられるかどうかが成果指標やKPIの達成に左右される。支援する若者を「就労可能な人材」として扱うよう求められる。利用者数や就労率で事業の価値が測られ、実践のエビデンスを証明することが要求される。こうした現場の「息苦しさ」こそ、私たちが向き合うべき新自由主義の姿ではないか。そこから報告を始めました。

新自由主義をどう捉えるか――二つの理論的枠組み

報告では、新自由主義を「市場の仕組みを社会のあらゆる場面に当てはめようとする考え方」として整理したうえで、二つの理論的枠組みを補完的に用いました。

ひとつはデヴィッド・ハーヴェイの見方です。新自由主義を、経済エリートが権力を取り戻し、資本蓄積の条件を整えるための「政治的プロジェクト」として捉える、古典的な定義です。

もうひとつはウェンディ・ブラウンの見方です。新自由主義を、私たちの自己理解そのものを作り変える「統治合理性」として捉えます。市場の価値観が生活の隅々、個人の行動様式にまで入り込み、人間が効率性やコスパばかりを考える「ホモ・エコノミクス(経済的合理人)」として振る舞うようになる、というものです。本報告では、とくに若者の自己理解に作用するこの「統治合理性」に注目しました。

ユースワーク現場に起きている四つの変化

では、こうした新自由主義はユースワークの現場に具体的にどう現れるのか。主にイギリスの研究を参照しながら、四つの側面として整理しました。

  1. 成果主義(OBM) ―― 成果に基づく経営が浸透し、若者が「測定可能なデータの担い手」として再定義される。「数字のために金をもらう」状況。
  2. リスク管理化 ―― 若者が潜在的な社会コストとして評価され、ユースワーカーが国家監視の代理人のように機能し、信頼関係そのものが解体される。
  3. 専門性の空洞化 ―― ユースワークが「ユースデベロップメント」へと変質し、関係性・参加・存在の肯定という固有の専門性が失われていく。
  4. 競争化(CCT) ―― 小規模団体の淘汰や公共空間の市場化(囲い込み)。日本では「予算獲得競争の陣地戦」として現れる。

若者個人のレベルでは、韓国出身の哲学者ビョンチョル・ハンの「成果主体」概念が示すように、自ら選んでいるようでシステムに従属させられ、自己を搾取し続けるパラドックスが立ち現れます。日本の若者については、土井隆義先生の研究をもとに、能力主義が「不公正の認識(宿命論的自覚)」「無力感」「選別への従属」という三層構造として内面化されていく様子を紹介しました。支援に求められるのは、単なる「自己肯定感の向上」ではなく、この構造そのものを解体することではないか、と論じました。

では、どう「降りる」のか

「降りる」とは、固定的な到達点ではなく、新自由主義から距離を取り続ける実践や方向性だと考えています。研究会の議論からは、三つの様態が見えてきました。

  • 抵抗 ―― 拒否・撤退。
  • 対抗 ―― 別の価値・場を対置する。
  • 書き換え ―― 内部に潜り込み、論理を再定義する。

このほかにも、リスターの「やり過ごす/異議を申し立てる/抜け出す/組織化する」という枠組みや、シャージャハンが提唱する「”no”(拒否)から”yes”(積極的な創造)へ」という抵抗のあり方など、多様な「降り方」がありえます。

具体的な手がかりとしては、評価主導社会を内側から「書き換える」戦略(松原明さんの議論)を紹介しました。当事者自身が「何を大切にしているか」を自分たちの言葉で言語化し、その価値言語を評価基準の内部へ浸透させ、人権や生存条件など「測ってはならない」領域を評価の対象から外す――という三つの要素です。ただし、対抗的な価値そのものも新自由主義に吸収される危険を常にはらむため、「自己点検」の構えが欠かせません。

もうひとつの大きな手がかりが、民主主義と余暇という価値です。スウェーデンの民主主義的なユースワーク実践や、苫野一徳さんの「民主主義の三本柱」をユースワークに援用しながら、若者の「自由」を実質化し、「自由の相互承認」を育み、若者世代の声を社会の「一般意志」へとつなぐ媒介としてのユースワークを構想しました。そして、こうした「問い直す主体」は「脱商品化された時間(=余暇)」を基盤として成立する――民主主義的条件と余暇的条件は不可分の一対であり、その同時擁護こそが新自由主義への対抗に不可欠だ、というのが報告の結論です。

これまでの研究会の議論で挙げられたそのほかの降りる手がかりは、このスライドのとおりになります。

阿比留久美さんの報告――社会正義にもとづくユースワーク

続いて、阿比留久美さん(早稲田大学)から、「社会正義にもとづくユースワークの実現を通じた新自由主義に抗するユースワークの構想」と題した報告がありました。

阿比留さんは、ユースワークが課題解決モデルではなく成長モデルに立脚すること、そして第二回欧州ユースワーク大会宣言やEUの示す共通の価値(若者の自発的参加、声に耳を傾けること、生活世界とつながり広げること)を整理しました。スコットランドのユースワークでは子どもの権利条約が枠組みの基底に置かれ、自己決定やレジリエンスといった個人的なスキルだけでなく、関係性・コミュニケーション・チームワークといった関係性に依拠するスキルも重視されている点が示されました。

報告の核心は、社会正義(social justice)でした。阿比留さんは社会正義を「誰もが等しく権利と機会をもつべきだという認識に立ち、不正義に挑み、公正な社会を促進すること」(榊原2024)と捉えたうえで、Tony Jeffsらの「平等・社会正義・ウェルビーイングのためのユースワーク」を引きながら、ユースワークこそが社会正義を実現するための具体的な「場」と「架け橋」を生み出しうると論じました。格差が広がり希望の持ちづらい時代だからこそ、平等と社会正義に向けた社会変革を、理論だけでなく実践的に実現していく道筋に、新自由主義に抗するユースワークがあるのではないか――そう問いかける報告でした。

田中亨さんの報告――北星余市高校の実践から

実践の立場からは、田中亨さん(園田学園大学)が、北星学園余市高校での20年にわたる教育実践をもとに、「あそこでの実践は新自由主義から降りていたと言えるのか」という問いを、ミクロ・メゾ・マクロの三層から内省的に検討しました。

ミクロ(教育実践)の層では、勝つことより参加を優先するスポーツ大会、年齢や力関係による序列化を排した対等な生徒集団づくり、校長を選挙で選ぶ民主的な教師集団づくりなど、能力主義に抗する実践が紹介されました。メゾ(学校経営)の層では、年間7,000万〜1億円超の赤字が続くなか、田中さんを含む教員一同は、通信制高校への転換を断固拒否しました。人と関わる経験のなかでこそ若者は育つ、という教育観を守るためです。けれども学校を存続させるため、SWOT分析による差別化、説明会の大都市圏集中、入試業務の専門化といった市場的な手法を用いざるをえず、それが教師集団に亀裂を生んだことを深く悔いていました。さらにマクロ(学園経営)の層では、少子化のなかで学園自体が市場の論理に組み込まれ、存続条件を課されていく構造が語られました。

「降りる」が「相手にしない・無視する」ことを意味するなら、自分にはそれはできなかった――むしろ市場のなかで戦うしかなかった。そもそも「降りる」という選択肢が、最初から手元になかったのではないか。 田中さんの報告は、「降りる」を理念として語る私たちに、現場では「降りる」を選ぶことすら許されないという冷厳な現実を突きつけました。「戦っている」という実感を「降りていた」と表現できるのか――その問いは、「降りる」という言葉そのものの難しさを、もっとも鋭いかたちで照らし出すものでした。

後半のディスカッション――「正義」をめぐって

最後はフロアを開き、参加者を交えた議論の時間を持ちました。

私からは、阿比留さんの報告へのコメントとして、ひとつの疑問を投げかけました。阿比留さんが論じた「社会正義(justice)」という言葉は、英米のユースワークでは前面に出てきますが、北欧を含む大陸ヨーロッパのユースワークでは、あまり使われないのです。なぜか。調べてみると、ロールズ的な正義論は、市場が第一に置かれ国家や社会が残余として存在する自由主義国家の構造を背景に立ち上がるもので、英米的な文脈に根ざしています。これに対し、北欧や大陸ヨーロッパでは「正義」よりも、民主主義・インクルージョン・連帯といった言葉が選ばれる傾向がある――つまり「正義」という概念の前景化そのものが、英米と大陸ヨーロッパの社会構造の違いを映し出しているのではないか、という論点です。

議論はさらに、学習権を最初に掲げることが学校教育化のリスクをはらむという懸念、自信・自己決定・レジリエンスといった概念が能力主義や個人主義に傾きかねないという問題、そして人権や社会正義という価値の支えがなければ主体性や連帯感すら新自由主義に飲み込まれてしまう危うさへと広がりました。あわせて、金融危機後のイギリスでユースワークが閉鎖に追い込まれてきた現状も報告され、研究者と現場がパートナーとして協働する必要性が確認されました。

参加者には社会教育主事、博士課程の院生、青年団関係者、公民館職員など多様な立場の方がおられ、それぞれの現場の知見が持ち寄られたことで、「降りる」をめぐる問いが一層豊かに開かれた場になりました。新自由主義への対抗とは、単なる拒否ではなく、価値の再定義と関係性の再構築を必要とする営みである――そのことが、参加者のあいだで共有されたように思います。

報告スライドと、これからのこと

田中報告が投げかけた「『降りる』を選べなかった」という問いは、この研究全体が抱える核心でもあります。「降りる」を理念として掲げることはできても、現場の条件がそれを許さないとき、私たちは何を手がかりにできるのか。その問いに、まだ十分な答えは出せていません。

当日の私の報告スライドは、以下のresearchmapで公開しています。よろしければご覧ください。

報告スライド: https://researchmap.jp/tatsuhei-morozumi/presentations/53881749 (リンク先→ダウンロード)

この「新自由主義から降りるユースワーク」というテーマは、まだ議論の途上にあります。今年は研究会として北欧への調査も計画しており、今後も学会をはじめとしたさまざまな場で発信を続けていく予定です。

新自由主義から「降りる」ということについて、皆さんはどう考えますか。現場で感じている「息苦しさ」、あるいは「こんな降り方もあるのではないか」というご意見があれば、ぜひこの記事のコメント欄お問い合わせフォームからお寄せください。皆さんの声が、この研究をさらに前へ進める手がかりになります。

【お知らせ】6月23日にオンライン講座で話します

この記事で紹介した内容を、来週、あらためてオンラインでお話しする機会をいただきました。

JYCフォーラムが主催する「若者支援をめぐる研究シリーズ」のオンライン講座で、2026年6月23日(火)14:00〜15:30、「新自由主義からおりるユースワーク ―研究会での議論から―」というテーマで話題提供を担当します。

https://jyc-schole-2026-2.peatix.com/

JYCフォーラムは、自分らしく暮らしていける社会を目指して「若者」に携わる実践者が集うネットワーク団体です。この講座は、若者や若者に関わる人たちが生きているこの社会の状況や構造について、研究を手がかりに考え、ともに学び合うことを目指して開かれています。今回は、北欧や汎欧州の若者政策・ユースワーク研究を手がかりに、なぜ今「おりる」という表現が必要なのか、ユースワークのコアとは何かを、科研費研究や研究会での議論を紹介しながら改めて問い直す予定です。今回のラウンドテーブルでは時間の都合で触れきれなかった論点にも、もう少し踏み込んでお話しできればと思っています。

実践者の方はもちろん、研究にご関心のある方もどなたでも参加できます。ZOOMでの開催で、申込期限は6月22日(月)20:00まで。参加費はJYC会員1,000円、非会員1,500円です。講座の前半部分は、1週間限定でアーカイブ配信も予定されていますので、当日ご都合のつかない方もぜひどうぞ。

お申し込み・詳細: JYCフォーラム 講座案内ページ

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