ユースワークと若者政策
先日こちらのイベントで登壇しました。
【参加者募集中】2018年1月10日(水)19:45〜「若き教育者が見たスウェーデン」 | 高校生の心に火を灯す、キャリア教育 2018年1月10日(水)19:45〜21:00(19:30開場) 会場:高円寺コモンズ(最寄駅:JR中央線・総武線「高円寺」駅) =====================
僕からはスウェーデンのユースワークについて専門家の知見を提供しました。このスタディーツアー自体僕がコーディネートしたこともありましたので。
Photo by 佐伯 不二夫
それで今回の登壇の準備をする過程で、改めてスウェーデンの若者政策とユースワークの歴史についての文献を読んでいたら気づいたことがありました。
当日は、スウェーデンのユースワークの特徴としてさらっと紹介しましたが僕的には根拠が見つかって嬉しかったのです。というわけでここで紹介します。
※そもそもユースワークとは何ぞという方は、こちらのイギリスのスタディーツアーの報告書のユースワークの項目などを参考にしてみてください。
なぜスウェーデンのユースワークは「民主主義」なのか?
ユースワークには、様々なやり方や定義があります。
しかしそれだけで、スウェーデンのユースワークが説明できない気がしていたのです。英米などのアングロ・サクソン系の国での選挙投票率は低下傾向にあるのは周知の事実です。しかし、義務投票でもないスウェーデンでは高い選挙の投票率を維持します。なぜでしょうか。スウェーデンもイギリス発祥のユースワークは同じようにしている。しかし、このような差があるのです。
そこに若者の組織・協会活動が盛んだからでは?という仮説が湧き上がったのは、これまで数十の若者団体やユースセンターを訪問する中である言葉を聞いてきたからです。
その一つが「デモクラシー(民主主義)」です。
日本の若者支援や中高生児童館施設の現場にお邪魔させて、話を聞くこともありますが、このような言葉を使った説明はあまり聞いたことはありませんでした。イギリスでも部分的だったように思います。しかし、スウェーデンのユースセンターではこの言葉がよく出てくる。なぜ、同じユースワークなのに、スウェーデンでは「デモクラシー」を多用して説明するのでしょうか。それを説明する事実として、スウェーデンの若者の組織・協会活動の参加率の高さがあるのではないかと考えました。
それから僕は、スウェーデンのユースワークには、センター基盤型を中心としたわかりやすいユースワークと若者の組織・協会活動を基盤とするユースワークの2種類によって構成されているのではないかと勝手に定義しました。そういう訳でこちらのスライドにも特徴として加えたのです。
スウェーデンは、スタディーサークルという、いわゆる勉強会のような活動が成人の生涯教育・余暇活動として根付いている伝統があります。これの若者版があるのだ、といえば筋が通っていますし。。(スタディーサークル自体への若者の参加率は低く、こちらは主に成人を対象にしたものであると昨年夏に伺った視察先の担当者が教えてくれた)
この疑問に答えてくれるような、スウェーデンのユースワークの歴史を綴った資料をみつけたのです。Lisbeth Lindstrom のThe Story of the Youth Club (2012)という論文です。以下スライドはそこから要旨を抜き出し、まとめました。
スウェーデンのユースワークの歴史的発展にみる民主主義の強調
最初にスウェーデンのユースワークの歴史です。
僕も修論でスウェーデンの若者政策の歴史を扱い、そこで扱った文献とはまた異なる視点でユースワークの歴史をまとめています。僕が興味深いと感じたのは、2点。
スウェーデンの若者政策の戦後の発展段階において、市民運動や組織・協会運動が若者問題の主要なアクターとして位置づけられていた点がひとつめです。この論文によると、それこそがスウェーデンの伝統であったというのです。スウェーデンにおけるユースワークはその後の1950年代以降に始まったので、それまではむしろもともとスウェーデンで盛んだったスタディーサークルなどの(セツルメントなども含む)市民運動などが、若者問題を扱っていたのです。つまりスウェーデンにおいてはイギリス型のユースワークが入る前の受け皿をこれらのコミュニティが担っていたといことです。
Photo by 佐伯 不二夫
もう一点は、1985年以降に起きたことです。この前後で子どもの権利条約の後ろ盾もあって権利基盤型のアプローチが加速していきます。世界青年年のとき、スウェーデンは「参加」をテーマに選ぶんですが、そこから取られた参加政策がかなりラディカルなものだったというのが、スライドからもわかります。
- 1985年 EUの世界青年年 以降の若者の参加政策の動向
- →積極的な市民性を身につける場としてのユースセンターの機能が強調される
- ユースセンターに民主主義を根付かせるプロジェクトへの政府予算
- 公共の場での対話の機会
- 政策の意思決定への参加
- 若者主導の企画・計画の実施
- 地域社会における民主主義を堅強にするプロジェクトが興隆
- ユースセンターも一つの拠点となり、若者も地域の政治家や住民と対話する機会を得る
- 若者のニーズや期待を知るための対話集会が盛んになる
参加を促すためには、単に啓発や意識改革を唱うだけというのはハッキリいって覚悟が無いと言えるでしょう。(日本の多くの子ども若者参加の政策がそうであるように)
その点、スウェーデンの若者参加は、上記からも実質的な参加を促すために十分なリソースをつけていることが伺えます。政府予算もそうですが、政策への意思決定の参加はもちろん政治家も巻き込んでいます。
また1990年代から、若者団体への予算配分も加速していきます。若者団体への参加は、スウェーデンの伝統的な組織・協会活動の基盤を強化することにもなりますし、永い歴史のあるスタディーサークルなどの活動とも文化的な相性も合うので、このような位置づけを得た事は自然なように思います。
ユースセンターなどの余暇活動施設においては、様々な教育手法が開発されました。ユースワークの現場では、OLA(Open Leisure Activity) という手法が主流になっていることがスウェーデンのユースワークの特徴の一つです。
かなり現場でのミクロな視点を盛り込んだ内容ですが、これらもまたこれまで現場の支援者から聞いていた話と一致する点がとても多いです。個々の事項についてはさらに掘り下げていく必要がありそうですね。
これらのユースワークの手法と、上述した実質的なリソースを割り当てる参加政策、そして組織・協会活動への参加の3つが組合せって、スウェーデンのユースワークの現場においてでさえも「デモクラシー」をその基礎的な価値を据えることに繋がったのかなと解釈しています。
他者へ、社会への信頼を高めるユースワークへ
By: Mark – CC BY 2.0
さらにこれらの組織・協会活動は、対人信頼関係を高めることにも寄与しているのではないか。そう考えさせてくれたのが、ポッキャスト版の「ヤバい経済学」のこのエピソードを聞いた時。
Trust Me (Ep. 266 Rebroadcast) – Freakonomics Societies where people trust one another are healthier and wealthier. In the U.S. (and the U.K. and elsewhere), social trust has been falling for decades — in p…
スウェーデンをはじめとする北欧は、高い対人信頼関係があることが研究で明らかになっており、例えばノルウェーは70%の人が他者を信頼できると答えています。スウェーデンもノルウェー同様に高い水準。日本は英米と同水準の30-40%です。※
「なぜアメリカ人は昔に比べて市民参加をしなくなったのか」という命題を追求した「孤独なボウリング」を著したロバート・パットナムによると、対人信頼の高さは、経済発展や教育水準が関係している訳ではないとしています。
“濃厚な市民のネットワークがコミュニティにあるかどうかという程度による。濃厚な市民のネットワークがあれば、人々は良好な振る舞いをし他者を信頼できる方法で尊重し合う。ゆえに、政府も機能する。それは社会関係資本 (social capital)と言い換えることができる。”※
高い社会関係資本があるコミュニティでは、子どもの成績もよくなるし犯罪率も下がり、社会的な平等が実現され、高い経済成長にも貢献する。そう、社会関係資本のベネフィットを述べた上で、アメリカ社会の近年の没落には社会関係資本が影響を与えているのではないかと、パットナムは疑問を持つようになったのです。
そこで彼が調査して発見したのは、PTAやロータリークラブ、ボーイスカウト、ガールスカウト、ボウリングリーグなどの地域の組織活動の会員数が近年になって減ってきていることです。それを「人々がより孤立化しボーリングも孤独に1人でするような社会になってしまった」と説明するのです。※
スウェーデンでも若者の組織活動の減少傾向は、スウェーデンの子ども若者白書の統計からも明らかになっています。しかし、スウェーデンは他のヨーロッパと比べると高い組織活動参加率でも有名ですし、上述したようにスタディーサークルの伝統があります。
というよりも、そもそもアメリカの没落は、所得格差が際限なく開きすぎたことや分配機能が弱いことや、政治腐敗がさらにこの流れを加速させたことだと思うのですが…。スウェーデン社会も格差化は進んでいますが、それでもアメリカとは比にならないほどまだ、平等社会ではありますし。
そういう意味で、アメリカ社会はもっと根本的に違うところをみなければ対処療法的になることは間違い無いでしょう。アメリカに習って、イギリスではNational Citizen Seriveceという17歳の若者が地域でボランティアをする施策を開始し、参加後には「対人信頼度が上がっている!」というデータもあるようですが、それって果たして本当にボランティアなのかな..主体性はどこにあるのだろうか。
日本でも若者参加の施策が打たれる時に、「ボランティア活動」への参加を促進する傾向にありますが、果たして英米の取り組みに続けば良い話なのでしょうか?
そういえば、ユースワークの役割の1つにもまた社会関係資本を作ることがあります。
仲間づくりを通じて、若者が社会参加主体へと育つ過程で必要な社会資本形成を支援するノンフォーマルな教育活動 (平塚眞樹さん NPO法人Rights 英国スタディツアー報告書より)
だったらユースワークで、若者の主体性を大事にしながら、人を信じられる社会を作っていきましょうよ。
お知らせ
スウェーデンのユースワークとは?スタディツアー報告書が完成しました。 スウェーデンは、社会福祉や学校教育にかんして様々な研究があります。しかし、学校以外の場での教育(ノンフォーマル教育)やユースワークや若者支援の取り組みは、これまであまり注目されてきませんでした。 ス…