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「若者参加」はもう古い?——18歳選挙権から10年、日本に足りない視点

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たかまつななさんの「ソーシャルアクション」に、熊本市教育委員会教育長の遠藤洋路さんとご一緒に出演しました。テーマは「18歳選挙権から10年、校則は自分たちで変えられる?──若者の政治参加と学校内民主主義の現在地」です。

 

以下、私の発言を中心に、当日話した内容を整理しておきます。

スウェーデンの学校には「生徒の参加と影響」が法定されている

まず遠藤さんから、熊本市が5年前から進めてきた校則見直しの取り組みが紹介されました。子どもたちが自分たちのルールを自分たちで話し合って決める、それを教育委員会規則に明文化した、という実践です。「民主主義とは自分たちのルールを自分たちで決めることであり、学校はその実践・練習の場であるべきだ」という遠藤さんの言葉は、きわめて本質的だと感じました。

スウェーデンでも、学校教育基本法に「生徒の参加と影響」という項目があります。そこでは、児童生徒が教育に対して影響力を発揮できるようにしなければならないと明確に規定されています。そのために十分な情報が与えられること、生徒に関わる事柄を生徒自身が主導できることが条件として挙げられています。

具体的には、給食について意見を言う場、学級会で気になることを出し合って変えていく仕組み、そして生徒会が校則だけでなく学校の方針や「誰を雇うか」という人事にまで関与している学校もあります。

スウェーデンでは、学校は民主主義を教える使命を担う場であり、教員は民主主義の「ガーディアン(守護神)」と位置づけられます。熊本市の実践は、この考え方とそう遠くないところにあると思いました。

両角
両角

詳細は拙著「若者からはじまる民主主義」をご覧ください。

萌文社

この10年の変化——こども基本法とユースセンター

私は2016年当時、18歳選挙権の引き下げを求めるNPOに関わっていました。そこから振り返ると、選挙権年齢の引き下げ、こども家庭庁の設立、こども基本法の制定という流れは、大きな転換だったと思います。

とりわけ大きいのは、次の三点です。

  • 子どもの意見表明機会の確保が制度に書き込まれたこと
  • 居場所づくりが全国に広がりつつあること
  • 従来は「特定の困難を抱えた若者」に焦点化されていた居場所が、あらゆる子ども・若者が使える場所へと組み替えられてきたこと

若者の意識にも変化があります。国立青少年教育振興機構の高校生の社会参加に関する意識調査(2008年・2020年)では、「私の参加により、変えてほしい社会現象が少し変えられるかもしれない」と答えた割合が、30%前後から35〜36%へと増加しています。数字としては小さいですが、時代が動いてきたことの一つの徴だと受け止めています。

一方で、課題も明確です。

  • 若者政策が子ども政策に寄りすぎている。 自治体で計画をつくる際、若者世代が抜け落ちがちです。
  • 意見を聞くだけで、実際の影響力の発揮まで届いていない。

「参加」ではなく「影響力の発揮」

ここが収録で最も強調した点です。

日本では「若者参加」「意見聴取」という言葉が使われます。しかしスウェーデンは、「参加(participation)」という言葉をほとんど使いません。代わりに「影響力の発揮(inflytande)」と言います。

両者の違いはこうです。

参加影響力の発揮
内容その場に行く、出席する、意見を言う共同決定に関わる
結果問わない社会や仕組みが変わる。変わらなくてもフィードバックが返ってくる
位置づけ手段目指すべき状態

参加は目標ではなく手段にすぎません。最終的に目指すのは、若者が影響力を発揮した、という状態です。

スウェーデンでは全国の若者団体の代表組織と国レベルの省庁が一緒に若者政策をつくる仕組みがあり、EUや欧州評議会でも同様の構造があります。若者を対象化するのではなく、主体として共同決定に組み込んでいく、という発想の転換です。

なぜ「現実の政治」は学校で扱いにくいのか

たかまつさんから、声を上げた子どもが大人に向き合ってもらえず、活動が続かないという現状が語られました。

私が思うのは、まずそもそも大人世代が社会参加できているのかという問題です。地域への参加、国政への参加、さまざまな政治参加の形態がある。その感覚が教員にあれば、学校内の自治もすぐにイメージでき、実践できるはずです。教員だけでなく住民もそうで、これはあらゆる世代の問題です。学校教育に限らず、学校の内外を含めて民主主義をどうつくっていくか、という話だと考えています。

もう一つは、現実の政治を学校で扱うことへの忌避感です。校則を変える、地域の課題に向き合う——ここは進みます。しかし国会で議論されているような問題を扱おうとすると、途端に避けられる。

ここでスウェーデンの選挙時に配られるパンフレットが示唆的です。「学校のことで気になることがあったら、どこに働きかければ変わるのか」「病院のことなら、それはEUレベルか、国レベルか、県レベルか」——課題ごとの働きかけ先を明示するパンフレットがつくられているのです。

日本でよく起きるのは、どのレベルの課題なのかが曖昧なまま、いきなり極めてローカルな場に持ち込まれ、みんながポカンとしてしまう、という事態です。日本にも同様の階層性はあるのですから、どのレベルに、何の課題で、どの窓口を通じて働きかければ効果があるのか。その経路を示すこと。これがまさに「民主主義の回路」を示すということだと思います。

学校内民主主義には「利害関係のない第三者」が要る

学校内民主主義の法制化について問われ、私はユースワーク研究者の立場から、こう指摘しました。

学校には、保護者・教職員・生徒という三者の利害関係が構造的に存在します。 生徒は「教員から評価されるのではないか」「進路に関わるのではないか」と考える。だから意見が言いにくい環境が自然に形成されている。これは学校外から見ると、とてもよく見えます。

教員が伴走支援することは実態として可能です。しかしそこでは声なき声が消えたり、そもそも言えなかったり、発言の動機が「進路のため」になったりする土壌が生まれやすい。

だからこそ必要なのが、次の存在です。

  • 利害関係のないファシリテーター
  • 子どもを全力で肯定する子どもアドボケイト/ユースワーカー

子どもは構造的にパワーレスですから、パワーバランスをトントンにしていかないと、本当の意味で対等な意見交換にはなりません。

加えて、生徒会への支援の仕組みです。生徒会は本来、生徒の声を代弁し、生徒に関わる最善の利益を見出していく機能を担うはずの、当事者による仕組みです。しかし国内では中学と高校でも差があり、教員とほぼ対等にやっているところもあれば、行事の役割分担をしているだけのところもある。学校外のユースセンターやユースワークの現場とは異なる力学が働いている以上、テコ入れなしに「よい学校内民主主義」は成立しないと考えています。

学校の内と外、両方が要る

ここでスウェーデンとの対比が効いてきます。

スウェーデンの学校内民主主義は、どちらかといえば規範的な民主主義を教えることが中心です。もちろん学校をよくしていく実践もありますが、それとは別に、学校外には、若者が自由に使える助成金やユースセンターがある。そこでの参加は義務的でも空間的に強制されたものでもないので、結果として主体性が高くなる。

  • 学校=民主主義を学び、規範的な力を身につける訓練の場
  • 学校外=教える機能はないが、自由に活動できる環境がある場

この両方が共存しないと、「自分たちの民主主義=自治としての民主主義」ではなく、「大きなシステムのための民主主義」になってしまう。 対比して見ると、そのことがよく見えます。

「意見反映」の手前にあるもの

番組の終盤、たかまつさんから、自治体職員が「せっかく意見を聞いても反映できなかったら申し訳ない」と考えて、かえって思い切った反映から遠ざかってしまう、という現場の声が紹介されました。

これは「意見反映」という言葉に引っ張られている状態だと思います。

そもそも何のために「意見反映」という文脈が出てきたのか。その理解がないと、本質的な場は持てません。

意見が反映されるかされないかは、状況によります。いきなりスウェーデンのように「意見反映の結果、影響力が発揮できたか」まで求めようとするから、順番が違ってしまう。

もっと手前に必要なのは、子ども・若者が自由に、何の利害関係もなくいられる場所をつくることです。 そこでは意見が出ても出なくてもいい。しかし、そこでこそ民主主義の土壌が培われます。

その場所は子ども・若者だけの空間ではありません。ユースワーカーや職員がいて、安心・安全にいられる。いろいろな意見が出て、いろいろな価値観に触れる。決め事をしなければならない場面が生じ、「自由の相互承認」の感覚も育まれていく。

それらがあった上での意見反映であり、意見表明であり、あるいは影響力の発揮なのです。 この手前の部分——まさに居場所づくりでありユースセンター——が無視されているから、現在の行き詰まりが生じているのではないか。

「意見反映は大事だ。でも、もっと手前のものも同時に大事だ」。この両方の理解が広がっていくことが必要だと、いま強く感じています。

おわりに

遠藤さんからは、コミュニティスクール(学校運営協議会)の委員に児童生徒と保護者を必ず入れるべきだという具体的な提案、そして校則見直しの手続きを各学校で明文化した2024年5月の教育委員会規則改正の話がありました。国の法令に規定がないからこそ、自治体規則で担保するという実践です。

地域レベルでは、こども家庭庁の方針を受けて子ども・若者計画をつくる動きが進み、「子ども・若者の居場所がない」という声も各地から上がっています。部活動の義務的な要素が減っていくなかで、子どもたちが地域で自由に、しかし安全に過ごせる場所がない。だからユースセンターのようなものが求められる——そういう構造が広がっています。地域レベルでは、着々と進んでいるところもあると感じています。

18歳選挙権から10年。制度は確実に前進しました。次に問われるのは、「参加」から「影響力の発揮」へ、そして「意見反映」の手前にある居場所へ、という二重の視点だと思います。

ぜひ動画もご覧ください。

https://youtu.be/EyXKBN3maJg

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