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分断社会におけるシティズンシップとは|JCEF連載「ヨーロッパの動きから考える」Vol.1

ユースワークと若者政策 By: Matt Johnson – CC BY 2.0

2016年7月、私はストックホルム郊外のサマーハウスで友人らとともにスウェーデンの夏至祭を過ごした。その日は偶然にも英国のEU離脱の是非を問う国民投票の日であり、一緒にいた英国人の友人も動向を見守っていた。夏至祭の夜は、EU離脱に関して議論が白熱するということもなく、ごく普通にこれまでの選挙のように、ときたまBBCの速報を眺めていた程度である。ところが次の日、私を含めた若い一同を驚かしたのはその結果であった。英国人の女友達はすすり泣いていた。

彼女は、スウェーデンの大学に留学して以来、現地の多国籍企業に務めはじめて5年以上経っている身だ。当然、彼女は残留に投じた。昨今のヨーロッパではこのように、EU圏内における移動の自由が実現され、若い世代はErasmus という留学プログラムの利用をしたり、海外インターンをヨーロッパの他の国で行ったりする人も多く、中にはそのまま定住する人もいる。

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欧州の若者政策の目標のひとつに、「EU市民」としての意識の醸成がある。あるとき、ドイツのハノーファーで開催された若者支援の指導者(ユースワーク)の研修会に参加したことがあった。13カ国からの参加者30名が一堂に会し、若者と関わる上で大切にすることなどについて語り合った。参加者のひとりが研修会の締めの感想で

「これからの若い世代のみならず、私たち自身の『EUの市民』としての連帯を意識する機会になった」

と述べていたことが印象的だった。このように、若い世代は英国とスウェーデンの距離は感覚的に「近く」、同じ「EU市民」としての感覚を共有していることが肌感覚で伝わってくることは、これまでの在欧生活の中でも何度もあった。故の、彼女の涙なのであったのだろうと、察した。

何が若い世代と年配世代を分けたのか

しかし、涙の理由はそれだけではないことを彼女が告げる。彼女の祖父母、両親がEU離脱に投票したのだという。後に、これが単に世代間の価値観の分断を招いている象徴的な話しではないことを、投票者の統計をみて私は知ることになった。若い世代は進学や就職で都市部に移住することが多いのは洋の東西を問わず同様である。EU圏の移動の自由を最大限に活かして、ヨーロッパの他都市で住むことも厭わないのも若い世代だ。

となると自然に、都市部では訪問者もふくめた外国人人口が多くなり、若者はますますこれまでになく多様な人種・国籍・言語に触れ合う機会が多くなる。これはEUの若者政策の恩恵のみならず、LCC(格安航空会社)の普及、スマホを始めとする越境的な通信インフラの整備などのグローバル化時代の恩恵もあるだろう。一方で、そのような恩恵を享受できなかったのが、カウンターパートにある市民なのであった。

排外主義的な右派勢力の台頭の理由は?

11月、大西洋を挟んだ大陸の選挙結果が世界を震撼させた。「21世紀の豊かさ」を著した中野は、排外主義的な右派勢力が現実化したことを、以下の図を用いてこう説明している。1980年代から欧米を中心に始まった「新自由主義」の波が右傾化と、過剰な市場拡大による社会の分断による「個人主義化」をもらたし、福祉国家の政策は市場化し、ヨーロッパの伝統的な社会民主主義が後退した。強引にまとめるなら、このときの社会は、第1象限にあったといえる。

社会が行き詰まり「個人主義」×「右派」への傾倒が、本来ならば第2象限の左派側に振れ直してもよかったものが、あろうことか第4象限の「排他的なコミュニティ」へと寄ってしまったのが、まさに今日日の社会といえるのであろう。

分断の時代における「市民」のあり方とは?

こんな時代における市民のあり方とはなんだろうか。これまで無視していた、英国EU離脱、トランプ政権に投じた有権者層に、暴動で「反発」するのではなく、まずはその背景への理解に努めることを出発点にすることは自明だろう。

なぜ排外主義的な思想・行動が横行するのか、なぜ大統領戦時にマケドニアの少年たちが偽ニュースサイトを大量配信したのか、なぜ冒頭の英国人の彼女の両親、祖父母はEU離脱に賛成したのか。欧米社会にいて「Democracy in crisis (民主主義の危機)」が叫ばれて久しいがその諸悪の根源に、今こそ向き合う必要がある。

2016年の日本シティズンシップ教育フォーラム(JCEF)のシンポジウムで、箕面こどもの森学園の取り組みのなかで、異なる他者とのなかで「『妥協点』ではなく『浮揚点』を探ること」という言葉を持ち帰った。その言葉を借りるのであれば、浮揚点が浮かび上がる民主主義をどう作っていくかということが、今まさに問われている。

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