OECD(経済協力機構)が 3年に一度実施しているPISA (国際学習到達度調査)によると、15歳の日本の生徒の学力はそれほど悪くはない。2012年の調査結果によると、日本は、数学的リテラシーが7位、読解力が4位、そして科学的リテラシーで4位という結果であり、全体順位は7位であった(OECD, 2013)。
一方、筆者の住むスウェーデンの順位に目を通すと、2006年時点で21位だった数学的リテラシーが38位へ、読解力が10位から37位へと転落し、全体順位も大きく落ち込み37位である。実際、PISAのスコアの墜落はスウェーデンのメディアでも大きく報道され、スウェーデンの教育政策に大きな議論をもたらした。PISAには様々な批判があるものの、それでもいち国際機関が「科学的」な手続きを経て実施した調査で、このような結果が出たことは確かだ。スウェーデンの生徒は日本の生徒よりも成績が悪いのである。
一方でスウェーデンの若者の選挙投票率は高くて有名である。2014年の総選挙では18歳から29歳のスウェーデンの若者の投票率は81%にもおよび、全世代の投票率85.8%と比べても大差はない(MUCF, 2015)。興味深いのは、スウェーデンの若者は何も選挙投票率が高いだけでなく、政党の活動、署名運動への参加度、政治や社会に関する事柄に意識、全般的に高いのである(表1)。
表1
他にもスウェーデンの若者の政治や社会への関心の高さが伺える統計が、若者白書(Ungdomsstyrelsen,2013)により以下のように報告されている。
- 18歳〜25歳の若者の議員数は増加傾向にある
- 2012年の16歳から25歳の若者の政治活動参加率は71%
- 40%の若者が自分の地域に影響を与えることに興味があり、17%が政治家に意思表明する機会があると感じている
- 16歳から25歳の若者の約40%が政治について話すことに関心がある
- 29%が月に数回知り合いと社会の問題や政治について議論している
OECDのよりよい暮らし指標(Better Life Index)でも、戦略国際問題研究所 (CSIS)による世界若者幸福度調査でも、市民参加の項目に着目するとスウェーデンと日本では大きな開きがあることが確認できる(Morozumi, 2014)。
国際学力調査で「悪い」成績と評価されたスウェーデンの若者たちには、私たち日本人にはない何かがあるのだろうか。スウェーデンの若者の社会参加が高いレベルにおいて実現しているのはなぜであろうか。
理由のひとつには、スウェーデンを始めとするヨーロッパ諸国の若者政策の発展形成過程における、参画政策の強調と実質的な現場における参画機会の拡大があげられる。今回は、一つの実践事例として、スウェーデンの高校の生徒会組織を紹介する。
事例紹介
スウェーデンには若者が社会に参加するための様々な機会がある。学校、学校外、地域、余暇活動、組織活動、政党、メディア、などあらゆるチャンネルにおいて若者が社会に関われる機会が場所や施設だけでなく、人的にも財政的にも多大な資力がある。今回はシティズンップ教育という観点から、スウェーデンの学校における生徒会組織がどのように機能しているか紹介する。なお、スウェーデンにはイギリスのようにシティズンップ教育を義務教育課程において導入しておらず、社会科の授業があるだけである。
生徒の権利を守る?スウェーデン生徒組合とは
出典:Wikimedia Commons
スウェーデン生徒組合(Sveriges Elevkårer)[1]は、スウェーデンの高校の生徒会を束ねる団体である。団体のミッションは、スウェーデンの生徒会が学校でより良い時間をつくりだせるように生徒会の活性化をすることである。具体的な目標は、
- 生徒と生徒会のための権利基盤を強化すること
- 生徒が不当な成績を訴える権利を活用できるようにすること
- 物理的、精神的、社会的な生徒の学校環境の改善
である。生徒組合のスタッフ、教材、研修、資金、そしてプロジェクトによって、個々の生徒会の活性化を行って上記の3つの優先事項の実現を目指している。また、サッカーのサポーターイベントから、政治について議論する会まで様々なイベントを企画しているが、どんなイベントでも「おもしろ楽しく」することで、メンバーが生徒組合に所属していることをかっこよく感じることを大切にしているという(YEC, 2014)。
年次大会の様子
出典:Sveriges Elevkårer ホームページ
例えば、今年の年次大会では現教育大臣のグスタフ・フリードリンなどの政治家を招いたが、昨年の総選挙の際は、恒例の選挙ディベートの集会で政治家を各学校に招待している。生徒組合の代表であるマティアスは、生徒組合が政治家をどのような存在だと思っているかという質問に対して、
政治家は、学校であっても学校に限らなくても、とても近い存在である。しかし、生徒から見た政治家の印象は、常に改善の余地がある。政治家はよく校長や教師の話を聞くが、生徒や学校 内部のことには耳を傾けていないことがある。それが生徒組合の存在する意味でもある。
と述べていることからも、生徒組合が生徒と政治をつなげる架け橋となっていることがよくわかる(YEC, 2014)。
また生徒の研修は基本的には高校生が対象だが、それとは別に中学生を対象とした研修も事業も行なっている。他にも、学校環境を改善するためのプロジェクトや、生徒の権利について教えるワークショップ、これらに関する書籍の出版も手掛けている。
書籍
左から表題は
「意見の形成して学校に影響を与える方法」
「より成功した学校へ」
「すべての生徒会と生徒組合ができること」
出典:Sveriges Elevkårer ホームページ
各書籍は加盟生徒会に無料で配布されるほか、各学校の校長にも送られている。また、2014年のEU 選挙とスウェーデン総選挙の際には、併せて各学校で学校模擬選挙(Skolval 2014)が実施された。その運営も、生徒組合に加盟している生徒会の協力を経て実施された。このようにして各地域の生徒を研修し、エンパワメントすることによって最終的には、彼ら彼女ら自身が学校や地域に「影響を与えられるようにすること」を目的にしている。
3億円の予算がある生徒組合の常勤者は45名
スウェーデンの全国の高校の半数以上の400の生徒会と、8,200人の個人が生徒組合と関わっており、間接的な関わりを含めれば実に18 万人 の高校生が関わっていることになるという(YEC, 2014)。そのうち実際に生徒組合に加盟している生徒会の数は250で、活動している学生の数は約2万人である。
年間の取引高は日本円で約 3 億5600万円であり、そのうち 88%は政府からの補助金である。この補助金で、事務所を借りて人を雇うことができる。ストックホルムの南に位置している本部事務所では今現在、フルタイムで働いている職員は45 人であるが、平均年齢は22歳でほとんどが高校の元生徒会長である。高校卒業後、数年間ここで働いた後には、大半が大学へ進学するという。
スウェーデンの若者の半数がなんらかの組織活動に参加しているという統計があるが、それを支えるのは大規模な政府による若者団体への補助金制度である(Morozumi, 2014)。スウェーデン若者市民社会庁によると2015年は、2億1200万 スウェーデンクローナ(約30億円)が106の子ども・若者団体へ付与された。この補助金を活用することで、事務所の運営や人を雇ったりすることができる。
各学校の生徒会は、スウェーデン生徒組合が得た補助金をもらって各々の活動費に当てることができる。なかには会費を徴収して財政基盤を強化している生徒会もあるが、多くがTシャツや学生帽を売ることで収入としている。得た収入は、個々の生徒会の利益のためでなく会員、つまり学生の利益になるために活用されなければない。
生徒組合のホームページで販売されている学生帽とTシャツ
出典:Sveriges Elevkårer ホームページ
なぜ生徒組合があるのか?スウェーデンの生徒組合の歴史
スウェーデン生徒組合の長い歴史は、幾度となく繰り返された団体の名称の変更の歴史を辿ることで紐解いていくことができる。2012年前まではSECO (スウェーデン中央生徒会議: SECO (Sveriges Elevråds Centralorganisation 英訳:Swedish Student Associations Central Organisation)であったが、現在は(Sveriges Elevkårer、英訳: Swedish Student Union)として活動している。
スウェーデン史上最初の学生組織は、1862年のボラス市のかつてのスベン・エリクソン校であった技術学校にて結成された。今日のスウェーデン生徒組合は、1938年に結成された技術教育グラスヴェルクス学生協会(Technical Educational Glassverks Student Association)にその起源をたどることができる。団体の主な活動は、ダンス会などの懇親会や学割サービスの提供などであった。
1952年、ストックホルム学生協会により、SECO (スウェーデン学校生徒会)が結成された。SECOは学生の、成績評価を訴える権利などの法的措置の保障を主な活動とした。また普通教育の高校のためにも尽力し、義務であった朝の礼拝を学生集会にするように働きかけた。
生徒組合が、より力を得ることになった出来事のひとつに1966 年のスウェーデンでおきた教師によるストライキがあげられる。教師たちが、賃金などの労働条件の改善を求めてストライキを起こし、高校の現場に教師がいなくなった。そこで、ストラ イキ中の 2 週間の間は SECOなどの生徒会の団体の会員が教師となり、授業を教えたのだった。
「生徒会」と「生徒組合」は大きく異なる
ところでスウェーデン生徒組合のホームページを眺めると、Elevråd (Student Council)とElevkår (Student Union)を区別して明記していることがわかる。Elevråd は英語に直訳すると”student council”つまり、カウンシルなので諮問機関としての生徒会組織である。クラスの単位の代表のなかから、選挙によって選ばれた生徒の代表により構成される、所謂、伝統的な「生徒会」である。多くの場合、生徒会は学校の「一部」であり、教師は生徒の声を聞くために、生徒会にアドバイスを聞きにいったりはするが、それ以上のことは生徒会には求めないという(YEC, 2014)。
スウェーデン生徒組合はその考えに賛成していない。Elevkår は英語に直訳すると、”student body”であり、自治会である。こちらは個々の生徒の会員を組織基盤としているので、学校の一部というより、産業別の労働組合のような「高校生」で繋がった横の組織であるということができる。事実、生徒組合は学校から完全に独立しているので、生徒が加盟するもしないも自由なのである。学校の一部でも教師の「諮問機関」でもないので、より学生一人一人の権利を重視した活動に焦点を当てることができるのである。「生徒会」は、学校が設置する機関という位置づけであり、教師主導の傾向があるため、生徒の意見を聞いてもらえないことがある。他方で、「生徒組合」は生徒たち自身が会員の母体であるので、自己組織化して学校に働きかけることができる。上述した生徒会が「代表制」であるのに対して、こちらはより直接民主主義的であると考えるのが、スウェーデン生徒組合である。事実、スウェーデン生徒組合が出版している書籍ではこのようなことを教えている。
1969年にSECOは、これまでより一層学生一人一人を重視し、学生自治に重きを置いた方針にすることを決めた。同時に、伝統的な教授方法に反対するキャンペーンを開始した。さらにその1年後には学校に相対評価制度が導入され、これが過度の競争と生徒の排除を生み出すとしてさらに大規模な抗議運動を展開した。
なぜ生徒の社会への影響力を高めるのか?
このような歴史的変遷を経て、今日のスウェーデン生徒組合にいたった。この長い歴史のなかで培ってきた、理念と方法によって学生個々の社会的影響力を高めてきた。実際に、スウェーデン生徒組合の発行している書籍に学生の影響力に関する書籍が多数ある(www.inflytandehandboken.se)。また、同団体のホームページによるとスウェーデンの教育法を、学生の影響力を保障することの根拠に求めていることがわかる。スウェーデン教育基本法第四章九項(Regeringskansliet,2010) は以下のように、明記している。
- 生徒自身に関することについては、常に情報が与えられ積極的な学習の機会が提供され続けれなければならない
- 子ども・生徒への情報提供と影響力のあり方は、年齢と発達に応じたものとする
- 生徒は、教育に対しての影響力という文脈において彼ら彼女らに関わる事柄を主導できなければならない
- また生徒の権利に関わる組織活動も同様に促進されなければならない
スウェーデンの若者政策の目標の一つにも若者が影響力への実質的なアクセスをもつこと(Ungdomsstyrelsen, 2010) が盛り込まれている。察するに、学校に限らず社会のあらゆる機会において、若者が社会的な影響力を発揮する機会を保障することが、スウェーデンとしてのシティズンシップ教育の推進だといえるだろう。
おわりに
現在、ストックホルム大学院の国際比較教育課程に在籍していたが、そこでスウェーデンの教師などにスウェーデンのシティズンップ教育について何度か質問をしたことがある。しかし、かえってくる返事はほとんどが口を揃えて「シティズンップ教育って何ですか?」なのである。シティズンップ教育が教科として導入されていないこともあるだろうが、どうもピンとこない人が大半なのである。
そしてシティズンシップ教育とは何か、その目的について説明をすると結局、それは「学校教育の中心的目標である」と理解されるのである。スウェーデンの学校教育の目的は、民主主義の基本的な価値を、教師のみならず構成員である生徒や職員によって民主的な方法によって運営され、その結果として実社会における民主主義を機能させること、である(NPO法人Rights, 2010)。
故に、スウェーデンの学校においては教科の内容としてシティズンシップや民主主義を教えるのみならず、あらゆる科目、校内の活動さらには学外において、一人一人の民主社会の構成員である構成者に参画の機会を包括的に保障している。このことは、日本のシティズンシップ教育の今後を考える上で参考になるであろう。
参考文献
Fokus 10: en analys av ungas inflytande. (2010). Stockholm: Ungdomsstyrelsen.
OECD. (2013). PISA 2012 Results in Focus What 15-year-olds know and what they can do with what they know.
Unga med attityd 2013 : Ungdomsstyrelsens attityd- och värderingsstudie. (2013). Stockholm: Ungdomsstyrelsen
MUCF. (2105). Varje röst är viktig. Myndigheten för ungdoms- och civilsamhällesfrågor.
Morozumi, T. (2015, November). Do young people want to participate in society? A comparative studies in Japan and Sweden. Stockholms universitet, Institute of Education.
YEC (若者エンパワメント委員会). (2014). スウェーデン視察報告書2014.
Regeringskansliet. Skollag, Skollagen 4 kap 9 § (2010).
Fokus 10: en analys av ungas inflytande. (2010). Stockholm: Ungdomsstyrelsen.
NPO法人 Rights. (2010). スウェーデン視察ツアー報告書.
[1] スウェーデン生徒組合(Sveriges Elevkårer)
所在地:Instrumentvägen17 126 53 Hägerstensvägen
ホームページ: http://www.sverigeselevkarer.se