スウェーデンは様々な指標において高度な民主主義を実現していることで知られています。それは高い投票率にもあらわれています。そんなスウェーデンの民主主義をさらに大きく前進させようとしている取り組みがあります。
それがインターネットを活用した民主主義の試みです。こちらの記事では、スウェーデンの直接民主党と組織の意思決定のウェブプラットフォームであるVote ITを紹介しました。そして今回は、静岡でユースワーク活動をする学生サークルYECさんと5年ぶりに訪れ、直接民主党の今をうかがいました。
インタビューに答えてくれたのは直接民主党のトーマス(Thomas Larsson)とティム(Tim Olsson)です。
たっぺい
さて今回のスウェーデン訪問で直接民主党のみなさんからお話を聞きたかったのは、学生のうちの一人がとても興味を持っていると、話してくれたのがきっかけです。今日はよろしくお願いします。
はい、こちらこそよろしくお願いします。
民主主義の基盤を失いかけている地方政治
どこから話そうか考えていましたが、私たちが現在取り組んでいるプロジェクトについてお話ししようかと思っています。
今度の9月(2018年)に選挙が行われますが、その選挙に向けての政局がかなり興味深いものになっています。これまで支持されてきた従来型の政党が、多数派を維持できなくなるほど議席を失っています。これらの政党に、政治的行動を起こすことができるほどの力がなくなってきているのです。過去2回の選挙では他のヨーロッパ諸国にも見られるような国粋主義政党が台頭してきて、その政党が訴えることは「私たちの国は以前の偉大さを失った」とか、「近年は移民が多く流入してきているが、これは問題だ」など他の欧州の国粋主義政党と似通ったことを主張しています。
スウェーデンでは伝統的にコミューン(市町村)、県、そして国全体において議会があります。4年に1度、この3つのすべてにおいて議席をあらそう選挙が行われます。この選挙制度は、現在も民主主義に基づいて行われていますが、スウェーデンの政治における民主主義を徹底するために、より良い制度を考え出さなければならないかもしれません。
政治情勢を図示してくれているトーマス
例えば現在の選挙制度だと、全ての投票が1日で実施されるので、確かに選挙にかかる費用がかからずに済みます。しかし、それでは選挙に対する関心事が、国政の方ばかりに集中してしまって県やコミューンなど地方自治体の選挙の投票先が、国政の選挙で支持したのと同じところに傾くという問題が起こってしまうのです。国政と地方自治体の選挙を実験的に別の日程で実施したところ、明らかに地方自治体の方の投票率が低かったことが分かりました。スウェーデンでは地域レベルの政治をより大事にしなければならないのです。ある政治家はこの好況を憂いて、「民主主義の基盤を失いかけている」と言っていたそうです。
たっぺい
日本で起こっている事とかなり近い出来事ですね。
住民投票も盛んではない
スウェーデンには290のコミューン(市町村)がありますが、それぞれのコミューンの中で10%の人々の署名を集めると、署名に関する問題について住民投票をすることができるという法律があります。これがフォルク・イニシアティブ(=市民主導)と呼ばれる法律です。過去には投票に足る十分な署名が集まっているにもかかわらず、150件も発議がありましたが、実際に住民投票が行われた例はその内の3分の1か4分の1ほどでした。政治家の圧力で住民投票が行われないようにされた例もあったようです。住民投票の結果が政治に反映されたのは、たったの5件の投票でした。
たっぺい
150件の署名提出がありながら、たった5件の住民投票しか行われなかったのですね?
いまのところはそうですね。
直接民主党のこれまで
それでは、私たちの組織している政党について説明します。2002年、当時議席を持っていた議員も含めたメンバーで活動を開始したのですが、2014年の選挙でその議員が敗れ、国政選挙でも議席を獲得することができませんでした。その選挙の直後から活動を本格化し、5000人もの人が活動に加わってくれるようになり、今年の選挙でようやく国政選挙に向けて候補者を立てられるまでになりました。今後の戦略としては、まだまだ全国に知れ渡った政党ではないことを踏まえて、小規模の市町村ごとに議席を獲得できるようにしていくことを考えています。
私たちの政党内で、これからの活動について話し合ったところ、多くの人々が政治に関することで疑問に思うあらゆることを集約して、それについて議論をして疑問を解決していくプラットフォームを作っていこう、というプロジェクトが始まりました。
たっぺい
そのプラットフォームは、「VoteIT」とは違ったものなのですか?
少し似たような感じだと思います。「VoteIT」は小さな団体内で決議を取る際に使われるものですが、あくまでもそれとは別のものです。
直接民主党の原理である液体民主主義とは?
それでは「液体民主主義」について触れながら、なぜ私が直接民主党に参加したかについてお話ししようと思います。「液体民主主義」とは、私たちの直接民主党のなかでも一番重要な部分で、投票により国民の意志を直接反映させる「直接民主主義」と、国民の代表を選出して議会において政治を行う「議会制民主主義」の2つの良い部分を併せ持つ考え方です。例えば、ある課題については国民の投票により直接決議し、専門性の必要となる課題については国民が委任した議会で決定するという形を取ります。
皆さんにお見せするのは、「液体民主主義」による政治体制を現実化したCrowd Polです。政策決定のプロセスを、クラウドソーシングを導入したツールです。ウィキペディアのような、誰もが参加して作れる百科事典があるならば、同じような手法で政策を作成することができるのではないか?それが着想です。Facebookでは政治家のみならず様々な人が意見を述べていることもありますが、実際の政治に反映されることを前提に国民が参加するプラットフォームができないものかと考えています。
たっぺい
どんなものか見せて頂けますか?
そうですね、まだ実際に運用されるものではないのですがこちらです。
「委任する(DELEGATE」、「政策を提案する(PROPOSE)」、「投票する(VOTE)」と、大きく分けて3つの機能があります。「委任する」機能では、ある政治課題について自分が投票しない場合にどの人に委任するのかを選ぶことができます。複数選択も可能ですが、そのときは委任の優先順位を決めておきます。
YECのみなさん
委任される人はどのように選ばれるのですか?例えば、自分の知人でその政策課題に詳しい人物を選んで委任することは可能なのでしょうか。
委任される人は、そこに表示されるアカウントが本人のものであることが証明されていて、なおかつ十分な推薦を受けられた人でないとなりません。委任されるのを個人だけではなく、非政府組織(NGO)や政党も含むことを考えています。委任されるのが個人であった場合は、より細やかに実生活に関わることまで委任することができる一方で、NGOはより広く大きな課題における視点があり、政党に至ってはほぼ全ての課題について委任できる可能性があります。
特定の政党を支持していても、政策によっては考え方が一致しない場合において、より自分の考えに合った選択をすることができるものになっています。それから、自分が委任する人たちとオンラインで繋がって、いつでも対話することができるようにするシステムも加えていく予定です。私たちのこのプラットフォームに、バルセロナの学生の政党が興味を示してくれたのですが、学生のように勉強などで忙しくても政策作成・決定のプロセスに加わることができるという特徴に魅力を感じてくれているそうです。
実際にCrowd Polを使ってみた
それでは、2つ目の政策を提案する機能について説明します。ここで、皆さんから何か1つ政策を提案して頂けますか?
YECのみなさん
例えば、スウェーデンの道端のゴミ箱の数を減らす、というのはどうでしょう。日本に比べてとても多いので。
なるほど。その提案はどうして必要なのですか?
YECのみなさん
ゴミ箱のゴミを回収するコストを減らすことができます。それから、人々の環境美化への意識が向上します。
なるほど。なかなか面白い提案ですね。いまプロジェクターの画面に要点を整理しています。この提案に賛成した場合、それから反対した場合の想定される意見を挙げています。人々の消費意識なんかも関係してくるでしょうか。
いまご覧になっているように、この提案についての論点を整理するときに、他の人も編集に招待して、同時に複数人数で作成することもできます。このように政策の提案の段階から、詳しい部分まで可視化することができます。政策の良い部分、または良くない部分もはっきり見えて理解することもできますね。今後のこのプラットフォームの開発予定としては、草案をもとに議論をして、政策案を作るところまでできるようにしたいと思っています。
YECのみなさん
寄せられたコメントを、どのように政策案の作成に反映させていくのですか?
そのためにはもう少し別の機能を加えないといけないと考えています。その政策案について賛成・反対というシンプルな意見を寄せる仕組みに併せて、例えば「政策の論理的整合性がとれているかどうか」とか、「事実や裏付ける情報に基づいているかどうか」など、不随する議論にまで展開できるようにする必要があると思います。
意見の妥当性をどのように担保するか?
導入段階でゲームのような簡単な方式でテストしてもらいながら、適切に議論に参加してくれるひとを選別して、実際のプラットフォームに案内することも考えています。主義・主張が偏りすぎている人や、議論に参加しているときに感情的になってしまう人などには、イエローカードまたはレッドカードを提示して、レッドカードを提示された人はもう1度最初のテストを受けてもらうようになります。
YECのみなさん
イエローカードなどはどんな人が出すのですか?
まずはこのプラットフォームの管理人が提示することになりますが、その判断が正しいか判断する陪審員のような制度も設ける予定です。ただ、その対象となる人を罰することが目的ではなく、あくまでも適切な議論の場を運営するためにどの人にも、他の人が聞いて理解できるように意見を述べてもらうように丁寧に伝えらえるようにと、このプラットフォームを構築していこうと考えています。
個人の投票は秘密。委任された人の投票先は公開。
さきほど提案してもらった空き缶の話に戻りましょう。十分な議論がなされたということでこれを提出します。これで投票へと移ることができます。個人として投票する場合は、何に投票したかは秘匿されますが、委任された人が投票する場合には公開されます。自分が委任した人が投票したところを閲覧しつつ、それを参考にして自分が個人として投票することもできます。委任された人はなぜそれに投票したのか、理由を記入しておくことができます。
このように賛成・反対と別れて議論するのには、教育的要素もあります。現在の政治情勢では、政策の是非の議論だけで終わってしまうことがあり、賛成・反対の意見にそれぞれ根拠があることを可視化することによって、より複雑な状況を受け止めて理解することが求められるからです。
表面的な理解に留まらないことが大事になります。9月15日からグローバル・デモクラシーデイというキャンペーンが始まっていて(2018年時点)、そこでこのプラットフォームを実際に運用しています。そこから1年かけて議論を重ねて最も得票の多かった上位10個ほどの政策案を政党に取り上げてもらうことを計画しています。私から1つ提案なのですが、このプラットフォームの言語を翻訳して、日本で紹介してもらえますか?学生の皆さんでしたら、この革新的なアイディアを受け入れてくれるでしょう。
直接民主党はどのようにしてCrowd Polを活用するのか?
YECのみなさん
このプラットフォームから生み出された政策は、まず直接民主党のものとして政治に反映されていくのですか?
オープンソースなので、どんな人でもアクセスできます。国会で議席を持つ全ての議員が、このプラットフォームを元に政策決定をしていきます。
たっぺい
他のすべての政党にも、このプラットフォームにおいて議論された結果を尊重させるものになるでしょうか?
一般の人々が提案・議論してくれた政策を尊重して反映させていくのが、直接民主党の党員の役目です。しかし、他の政党でも、政党内で政策決定のための議論をすることができるプラットフォームとして提供することは可能です。
多様な意見を反映させる仕組み
こちらで今表示しているのは、個人の登録ページです。ここでは、自分の主義・主張を掲載しておくことができます。政策を提案して議論する際には、なるべく自分とは違う考え方の人と一緒に議論をするようにメンバーが組まれます。こうして、多様な視点で多角的な議論を行って政策を作っていくことになります。
YECのみなさん
より多くのコメントを寄せられた政策がフィーチャーされるそうなのですが、少数意見が埋もれてしまうことになりませんか?
多数決の仕組みで少数の意見が採用されずにただ捨てられてしまうことはとても問題だと考えています。それだけに、なるべく意見の違う人と議論をしてもらえるようにプラットフォームを整備してくように考えています。また、少数の人に支持されている意見であっても、それを裏付ける情報を見つけて提示すれば、説得力のある意見になるはずだと思います。支持する人の数だけで意見の強さが決まってしまうのは、とてもフェアとは言えませんから。
現代の社会では、あまりにも情報が多すぎて、判断が感情に左右されてしまう場合もあります。どの政党を支持したいのか、どの案に投票すれば良いのかがよくわからない人も多いと思います。私たちはなるべく情報をシンプルにまとめて整理して、根拠となる事実に基づいて議論をしていくことで、真っ当な政策を作って民主主義を実現していこうと考えています。また、このプラットフォームが、自分が個人的に抱いていた主義・主張、イデオロギーに対して他の人がどう思うのか、改めて知る機会になると思います。
YECのみなさん
インターネットによるプラットフォームはとても革新的で便利だと思いますが、インターネットをあまり使いこなせない人が取り残されてしまう場合は、どうしますか?
投票を委任するシステムがまず突破口になるのではないかと思います。アナログとの併用など、もう少し工夫する必要がありますけれども。また、その情報弱者の人々を援助する仕組みも必要になると思います。このプラットフォームに参加するのが、学生をはじめとする若者が多くを占めてくるかもしれないのは、どうしても避けられないかもしれません。
YECのみなさん
直接民主党のように最初から特定の政策を持っているわけではない場合、どのように支持を集めようと考えていますか?
かなり難しい問題です。いまの政治の現状に問題意識や不満を持っている人にとっては、私たちのしていることを支持してもらいやすいかもしれません。しかし、ほとんどの人が日常生活にかかわる政策にしか興味を持たない傾向にあります。ただ、為政者のような権力を持つ人とそうでない人との差が開いているのは何とかしなければならないことだとは思います。
世界が右傾化している理由
YECのみなさん
どうやって直接民主党の認知度を広げていこうと考えていますか?
アメリカがトランプ氏を大統領に選んだことや、イギリスのEU離脱問題など、どうして世界で政治が右傾化するのかというと、既存の政治の仕組みに不満を持っている国民がいて政治の仕組みを刷新しようとする政治家が、右派の政党には多く存在する一方、左派の政党にはほとんどいないことが挙げられます。アメリカでいうと、当時の民主党の大統領候補者であったヒラリー・クリントンは民主党で、既存の体制を崩さない政策を考えていましたよね。国民の既存の体制に対する不満は根強く、その不満をすくい取った右派の政党が勝利を収める傾向になったというわけです。私たち直接民主党は、右も左もなく、ただ既存の体制とは違う仕組みを提案しているわけです。
ネットによる熟議民主主義は可能だ
いかがでしょうか。
こちらの記事で紹介しているVoteITも革新的な取り組みでしたが、Crowd Polもまた興味深いです。VoteITにはなかった「委任」という機能は斬新でしたね。確かに自分の知らない領域に関しては、自分より詳しい人に投票を委譲することができてもおかしくないですよね。液体民主主義の原理を形にしてしまったわけですね。
使い方にもよりますがVoteITは、組織内の意思決定(法案に賛成かどうか、〜政策を支持するかしないか)に向けて議論を促し決を採るツールであり、Crowd Polは個人が政策提案ができ、それに対して投票 or 委任ができるツールと整理をするといいかもしれません。VoteITの中に、委任という仕組みがあれば両方を兼ねることができそうですね。
また、主張や意見の妥当性を担保する仕組みの構築は名案です。確かにFacebookなどのSNSにより「個人の認証」がオンライン上で昔よりもできるようになった今でさえも、スパムコメントもフェイクニュースも絶えません。この辺り、PoliPoliが導入しているブロックチェーンによって解決できるのではと思ったりもしています。
残念ながらiPhoneユーザーではないぼくはPoliPoliのアプリを使えないのですが….
考えてみれば民主的な政治のコミュニケーションの方法って100年前から全然変わってないのですよね。選挙や大統領の演説などに典型的ですが、一人が多数に向けて話でやる「話す(Oral) ディベート」が今だに普通です。VoteITやCrowd Polがやろうとしているのは、書く(Written) ディベート」です。しかし、ツイッターなどの短文投稿で極端な主義主張によって炎上させるような方法ではありません。「ネット空間における熟議の場」を作ろうとしているのです。
直接民主党の創設者のペルが「書くディベート」の良さををあげていますが、他にも以下のようにあげられるでしょう。
・声が大きく話し上手な人に意見が左右されない
・見た目や知名度ではなく、「政策」そのものに投票しやすくなる
・根拠を提示し、その検証もできる
・話すのが苦手な人でもOK
・ひとつのテーマから様々なトピックに派生させることができる
・ゆえに多様な議論ができる
・匿名であることも可能なので、質問もしやすい
・議論の流れも可視化できる
・ネットでできるので遠隔でもいつでもどこでも可能
・投票用紙などいらない
・結果、時間の短縮にもなる
これが夢物語ではなく、スウェーデンの環境緑の党と社会民主党が実際に党大会でVoteITを活用していることは事実です。2000人が議論に参加して政策形成をしているのです。それを可能としている、新しい民主主義のコミュニケーションの方法を日本でも構築するときが来ているのではないでしょうか。
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Special Thanks
文字起こし・翻訳…Shunichiro Katsumata
写真提供…YEC