今週は、勉強会に研究会に講演会ざんまいなモロズミです。先日、衝撃的な勉強会に参加してきました。スウェーデン社会研究所の研究講座第193回の「働き方 4.0」
今回のゲストは、イケアジャパン人事本部長の泉川玲香さん、富士ゼロックス研究技術開発本部研究主幹の川本浩史さん、そしてぼくもお世話になっている東海大学名誉教授(ストックホルム在住)の川崎一彦さん。
昨今の痛ましい事件が思い起こされる「過労自殺問題」を代表に、日本の労働問題は本格的に無理ゲー化してきました。それもあってか、今回の講座は満員御礼。なぜって、イケアジャパン人事のトップである泉川さんが働き方「4.0」を語りに来たわけですから。泉川さんは各種メディアでもとりあげられています。
世界を代表する北欧の家具メーカーIKEAとは?
イケアとはスウェーデン発祥の家具会社です。低価格、デザインのよさが評判で今や、世界最大の家具量販店として知られています。日本にも店舗がいくつかあります。イケア(IKEA)のこの頭文字は創設者である、イングヴァル・カンプラー(Ingvar Kamprad)のイニシャルの”IK”と本人が育った村(Elmtaryd)の農場(Agunnaryd)の名前で構成されます。1943年にスウェーデンの南、スモーランド地方のエルムフルトで創業されました。
創業者のイングヴァルは、幼少期よりビジネスの才能があったそうです。通常の家具ビジネスは、売れ筋になればなるほど価格を釣り上げて売り上げにつなげようとします。しかし、イケアではそのようなビジネスモデルを志向しませんでした。イケアでは、「売れ筋になればなるほど手頃な価格で売れる」ようにコスト削減の工夫を凝らすというのです。そのためにはどのようにして安く売れるかを、家具の初期のデザインの段階で考えることが求められるということです。「空気を運ばない」ようにして運搬すると、運搬費が安くなるというのですが、そのためには家具のもともとのデザインを設計段階から錬る必要があるということです。これがイケアの家具の機能性とデザイン性を高めることに一役買っているのです。
グローバル展開を開始したのは1963年で、今日では340店を28カ国で展開し、これまで7億8300万人がイケアストアに来客しました。日本では、2006年に船橋店をオープンしてからも売り上げを伸ばし続け、現在日本では9店舗が展開されています。
イケアに今すぐ就職したくなる5つの数字
現在のイケアジャパンの従業員は、2,638人。ぼくが目を疑ったイケアの職場環境に関する5つの数字がこちら。
正社員 : 99% (内 短時間正社員62%)
女性比率 66%
男女の賃金格差28%
有給休暇消化率 80%
外国人マネージャー比率 18% (19ヶ国)
また、そのほかにもイケアでは女性のM字カーブはほぼなく、出産後に戻ってくることも当たり前になっているということです。これらの数字を達成するためにイケアジャパンはこれまで、険しい道のりを歩んできたそうです
イケアが実行した職場環境の改善
このような職場環境を作り出すために、イケアは様々な職場環境の改革に取り組んできました。多様な人材の受容と活用、平等な機会の創出、ステータスにこだわらないフラットな組織の開発、コワーカー(従業員)の可能性を発掘して伸ばすことなどです。
イケアがどれくらいフラットな組織かというと、例えば従業員のことはコワカー(co-worker)と呼ぶように統一をしています。まだ、日本では通常社長などの重役は会社の奥に部屋が設置されていたり、上司の座る位置が決まっていたりしてオフィスの内装だけで誰が偉いのかがわかるようになっています。しかしイケアでは、フラットな組織を目指すために誰が新入社員なのか社長なのか判断できないような内装のオフィスになっているというのです。
また、人の強みに着目するのもイケアのやり方です。もともと映画、その前は教育畑出身の泉川さんはそれまでの「間違い探し」ばかりする日本の職場環境に慣れていました。しかし、イケアではスローガンに”We believe in people” を掲げるように、人の強みをみることを重視しています。そのおかげもあり泉川さん自身が本来持っていた「人をみれる」という強みをイケアに見つけてもらえたのでした。
縦方向に登る一般的なキャリアプランとは異なり、イケアでは「ジャングルジム」型のキャリアプランも推奨されています。実際、泉川さん自身もイケアジャパンで人事を4年間やった後にストアマネージャを務めることなりました。そして4年後再び、人事に戻ったのでした。
もともとスウェーデンのイケアの雇用慣行は、日本のパートタイマー制度のように正社員とパートタイムの間に大きな格差はありませんでした。日本市場への参入当初、この慣行を日本で実施することを躊躇し「郷に入っては郷に従え」ということで、日本の雇用慣行を維持したままにしたのでした。泉川さんは、そのことに悶々としていたのでした。なぜなら泉川さん自身「平等に働く」という、当たり前だけど実社会では実現されていないことを、実現したいという思いがあったからです。
ある時、いよいよ自分のこの思いを形にする転機が訪れました。
イケアジャパンの職場環境の改革に取り組むために、3000人の従業員にアンケートをして、何を大事にしているかを聞きました。その当時はほとんどの人が時給のパートタイマーで1年契約でした。アンケートの結果、この雇用形態の従業員の多くが先の見えない不安と、無期になったらいいという希望をもっていることが明らかになりました。もちろん昇進への不安もです。
この調査結果に基づき、イケアジャパンの人事は以下の職場環境の改善に取り組みました。
改革前 |
→ |
改革後 |
給与は、雇用形態(フルタイムまたはパートタイム)によって決まっている |
→ |
同じ仕事には同じ報酬。同じ職務に対してすべてのコワーカーに同じ賃金が支払われる |
雇用形態に応じて、職務期待水準が異なる |
→ |
同じ職務に対しては、労働時間に関係なく職務期待水準が同じ |
福利厚生は雇用形態に基づいており、明瞭に提示されているな |
→ |
すべてのコワーカーに同じ福利厚生を提供し、一人ひとりに意義のある福利厚生になる |
テンポラリー(一時的)の契約が多い |
→ |
期待水準に達したコワーカーは期間の定めのない無期雇用とする |
多くのコワーカーは週12-19時間の労働契約 |
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コワーカーがイケアとともに成長・発展できる契約 |
※イケアジャパンのスライドに基づき筆者作成
この改革をするため、約1万時間をかけてコワーカーひとりひとりと話しをして、短期契約の社員に対しては職務期待水準をあげて、最終的に無期雇用を結実させたのでした。労働時間は短くても職務の期待水準と、同じ職務に対する報酬を同等とすることで、「短時間正社員」と認定し福利厚生も契約期間もすべて同等とすることができたのです。短時間正社員率は62%で、もちろんボーナスも、社会保険も、有給休暇もカバーされています。
ホームページではその他の短時間正社員の雇用条件が確認できます。
・契約期間のない無期雇用
・週38時間以下の勤務
週12~24時間契約または、25~38時間契約。その後、フルタイム正社員への登用制度有り
・時給1300円(昇給有り)
・交通費規定支給(上限3万円まで/月)
・社会保険完備
・有給休暇・子の看護休暇・家族介護休暇・私傷病休暇・ボランティア休暇など休暇制度有り
・ストアの運営時間である7:00~22:00の間でどの時間帯でも勤務できる方(最長シフトは休憩1時間を含む9時間シフト
・制服貸与、ロッカー、シャワールーム完備、社員食堂有
・その他雇用条件はフルタイム正社員と同じ
現在のイケアジャパンの有給休暇の消化率は80%ですが、100%を目指しているということです。
イケアの職場環境を支える価値
このような職場環境を整備することが可能だったのは、泉川さんの想いのみならずイケアが本来的に重視する価値観があったといっても過言ではありません。“We believe in people”――「人の力を信じている」をスローガンにするイケアには独自で育ててきた価値観があります。
- 自らが手本になる
- 常に刷新を求める
- 連帯感と熱意
- コスト意識を持つ
- 現実を直視する
- 謙虚さと意志力
- 違うやり方を選ぶ
- 責任を担い、委任する
- 簡潔であること
- 絶え間ない向上心をもつこと
また、泉川さんは自身があるストアマネージャーから「ハピネス(幸福)」の話を聞いたことが印象に残っているようです。そのマネージャーは「ハピネスとは、どこかに何かをもとめて動いているその状態のことをハピネスという。イケアはそういうハピネスを提供することを目指している」と。これはまさにイケアが掲げる「絶え間ない向上心をもつ」という価値を体現しているのでした。
日本の労働現場の問題点
最後に泉川さんは、日本の労働現場の問題点を端的に示すあるスライドを紹介しました。
「オフィスは世界でいちばん大切な場所、ではないはず…」と始まるこのスライドには、スウェーデンの首都ストックホルム(黄色)と東京(青)の男性の帰宅時間を比較すグラフを添付しています。このグラフによると、東京の男性の帰宅時間はほとんどが21時・22時であることがわかります。引用元の内閣府の調査によると、
男性の帰宅時間は、ストックホルムで最も早く、半数以上が 17 時までに帰宅している。パリはそれよりやや遅いが、約半数が 19時までに帰宅している。東京は他の2都市より圧倒的に帰宅時間が遅く、6割を超える人が 20 時以降に帰宅している。
とのことです。
また日本の労働問題のひとつに、女性の労働力率が結婚・出産期年代に一旦低下し、育児が落ち着いた時期に再び上昇するという、いわゆる「M字カーブ」問題があります。これに関しては、イケアは一度出産で職場を離れたとしても、その後全員が職場に復帰ができるようになっており、企業内保育所を生後57日から6歳児まで預けられるようになっているとのことです。
これはイケアが新入社員の研修の際に、ふたつ覚えてもらいたいことである、
- 家が世界で一番大切な場所 (帰宅すること)
- こどもが世界でいちばん大切な存在 (出産後のケア)
を実現しているといえるでしょう。
そのほかにもイケアの多様性の考え方、短時間労働で競争力を維持・増強する方法、キャリアと家庭の両立は可能か?などについてお話いただきました。
まとめ
このようなスウェーデンと日本の職場環境の違いには、両国全体の雇用環境、ひいては社会保障制度の仕組みの違いが大きく影響しているといえるでしょう。パートタイムであっても、正社員と同等の国民健康保険でカバーされていること、産後の給与は両親合計で480日/390日の賃金の80%が国より保障されていること、子どもの医療費は無料、学費は一切かからない、などスウェーデンで整備されている社会保障の仕組みは日本のそれと大きく異なります。
故に、専業主婦率がスウェーデンでは2% (日本は38%)、男性の育休取得率がスウェーデンでは90%(日本は2%)、待機児童はスウェーデンではぼゼロ(日本は4万人超)、そして出生率は1.89(日本は1.43)というこれらの取り組みの差異が数字に現れています。
ですので、スウェーデン社会のなかにおいてはイケアはある意味、「普通の会社」なのです。もちろんトップ企業ですが、家庭・子どもを第一に考えること、フラットな組織づくりとプラグマティズムに基づいた効率性の重視は、スウェーデンらしさそのものと言えるでしょう。
イケアジャパンのすごいところは、この社会保障制度が全く異なる(要は制度的な拠り所が異なる)日本という国において、「小さなスウェーデン社会」を実現しつつあるところです。同一賃金の実現を提案した当初は、社内では反対されたそうです。しかし現在は、同一賃金制度を実現させ、それから従業員の満足度も生産性も高まったというレベルにまで達したのです。
泉川さんも最後のコメントで、「イケアでは職場環境は変わったけど、帰宅するとそこは日本社会であり、これまでと同じ環境」とおっしゃていましたが、イケアジャパンというスウェーデン社会は、まだまだ「部分」でしかないのです。しかし、変革の波は社内に収まらず、2013年には内閣府の「一億総活躍社会に関する意見交換会」で事例紹介をするなどして、今や日本の働き方そのものを変えているのです。
イケア、そしてスウェーデン社会の価値観を反映した泉川さんのプレゼンテーションと人柄からは、「人として何が大切か」という実は「働き方」を検討する上で最も根源的な問いが私たちに投げかけられているように感じられました。
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