排外主義的な右派が生まれた「諸悪の根源」は何か?

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昨年は、現代資本主義の発展の行き詰まりが、これまでになくはっきりと表出した年でした。いうまでもなく、イギリスのEU脱退やトランプ政権をはじめとする欧米社会の「排外主義的な政治勢力」が権力を握ったことは、いよいよ右傾化の悪循環が現実化したことを意味しているのでしょう。

背景には、過剰な市場化による市民の経済的な格差の拡大や、いきすぎた個人主義の進行による社会分裂があります。そういう状況にある欧米社会に、グローバル化の波を受けた難民が押し寄せました。しかし、迫害の危機にある難民が「雇用を奪っている」として市民の不満をすげ替え、結果として排外主義的な政治勢力の結束が高まることになりました。この点を指摘したのが「21世紀の豊かさ」の編者・訳者である中野佳裕さんでした。(以下敬称略)

先週末、この新著「21世紀の豊かさ―経済を変え、真の民主主義を創るために」の出版記念講演会に参加してきました。

本書ではラテンアメリカ、ヨーロッパ、北米、日本の12名の社会科学者が、現代資本主義と民主主義の問題を洗い出し、21世紀型の豊かさを構想する、分野を超えた議論が展開されています。出版記念シンポジウムでは日本人著者4名による講演と、コメンテーターを含んだパネルディスカッションが行われました。

ぼくも早速、Amazonで購入して読み進めています。

以下に、シンポジウムで入れ知恵した本書のダイジェストをまとめます。

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本書が制作されるまで

この本は、もともとある本の日本語特別編集版として出版されました。その本とは、フランスの社会学者ジャン=ルイ・ラヴィルとアルゼンチンの経済学者ホセ・ルイス・コラッジオらが共同編集した『21世紀の左派 – 北と南の対話へ向けて』でした。彼らの共同研究を発端に、2000年代初頭から交流が始まり、プロジェクトがスタートして、北米の研究者も参加しました。原書は、スペイン語版が2014年に、フランス語版は2016年にラテンアメリカで刊行されました。

スイスのダボスで開催される世界経済フォーラムに対抗する形で「世界社会フォーラム(World Social Forum)」がブラジルのポルトアレグレで開催されたのが2001年でした。そこでは協同組合やNPOなどの経済活動を意味する「連帯経済」についてのパネルができ、その役割の再評価が議論されました。ここでヨーロッパの研究者が一緒になり、上述した2人がこのテーマを中心になって研究を主導することになったのでした。

「市場化」と「個人主義」が過ぎた現代の末路

中野によると、危機の時代の到来は何も新自由主義の拡大による格差社会に止まらないといううことです。地球規模の環境問題や、原発問題で明らかになった科学技術リスクも、資本主義社会の行き詰まりの現れということです。この背景を踏まえた「発展パラダイムの問い直し」を模索することが、本書の共同著者に共通することが一つの問題意識であるということです。

もう一つは、21世紀の左派政治が何を目指すのかという点です。ここで中野は以下の座標軸を紹介しました。

グローバル化時代の右派と左派の座標軸 (21世紀の豊かさ P15 を参考に作成)

左派 vs右派の横軸に個人主義vsコミュニティの縦軸を掛け合わせた座標軸です。1980年代から欧米を中心に始まった「新自由主義」の波が右傾化と過剰な市場拡大による社会の分断が、「個人主義化」をもらたしました。福祉国家の政策は市場化し、ヨーロッパの伝統的な社会民主主義が後退。

強引にまとめるなら、このときの社会は第一象限の赤ぽつにあったといえるでしょう。

しかし現代は情勢が大きく変わっており、この「個人主義」×「右派」で行き詰まった社会が、本来ならば第2象限へ左派側に振れ直してもよかったものが、あろうことか第四象限の「排他的なコミュニティ」へと寄ってしまいました。このことを中野は本書で以下のように指摘しています。

現代世界の大きな趨勢として、合理的経済人モデルを突き詰めたところで生じる社会的分裂を、国家主義などの排他的共同体主義で埋め合わせることによって、社会の右傾化が加速化するという特徴が挙げられる。これは2000年代のブッシュ政権下の米国、小泉政権・安倍政権下の日本、そしてEUなど、新自由主義政策を採用している国や地域で共通して確認される傾向である。
| 21世紀の豊かさ 中野佳裕 (著), ジャン=ルイ・ラヴィル (著), ホセ・ルイス・コラッジオ (著)

つまり、先ほどの図でいうならば

ということになるのだろう。そしてこの新自由主義の波はラテンアメリカにも押し寄せました。

このような勢力に対しての対抗軸の再考も共通認識の一つということです。そして

・社会民主主義、マルクス主義が無視してきた文明論的視座をとりいれた左派政治の再生

・過去のオルタナティブな生活の知恵、伝統的な技術からの学び直し

・人間同士の相互協力を基盤として持続的な世界をの再生

が本書の目指すものだということです。

「南型知」とは?

中野は、シンポジウムで「21世紀は、破局の時間の中にある」と言いました。

これまで経済活動で壊してきたものを再修復するという文脈にあるという意味だそうです。そのオルタナティブとして、これまでも「地域主義」(玉野井芳郎)を模索する、「公(中央集権)」とも「私(経済主義)」とも異なる「共(コモンズ=共有物)」が検討されてきたいう。

これまでの近代の知は、「視覚優位」文明が基礎でした。しかしそれが社会を壊し限界に達しているのが現在です。これは「北型知」つまり北ヨーロッパのロゴス中心主義、普遍主義が基礎になっています。対して、ラテンアメリカを中心とする南には、身体性、象徴制、場所性が存在する。これが「南型知」なのでした。これを指摘したのが『共通感覚論』を出版した中村雄二郎氏でした。

中野によると、玉野井と中村はアプローチに違いはあれど、南型知という点においては合意しました。しかしそこで二人のやりとりは途絶えてしまい、それから30年以上が経過しました。ここで中野は、二人の知見を継承するような「南型知」×「地域主義」の融合が、近年、南ヨーロッパで起きているとしてその潮流を本書第12章で紹介しています。

21世紀の豊かさを創出するオルタナティブとして「南型知」×「地域主義」とはいったいなんのでしょうか。

続きは本書で。非常に、ボリューム濃厚な内容でトニー・ジャットの「荒廃する世界のなかで――これからの「社会民主主義」を語ろう 」を超える内容になりそうです。市民活動の方向性を大きな時代潮流と、新たな枠組みなかでで俯瞰できる読み物です。

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