「じゃがいもが硬い」が民主主義を育てる?
2019年 スウェーデンで訪問した小学校の授業風景
2019年3月、スウェーデンへの教育視察に通訳として同行した際に、ある小学校で見聞きしたことが忘れられない。この小学校において実践されている民主主義教育には2つあるという。一つは学級会(klassråd)と生徒会(elevråd)を通じた参加[i]である。これらは生徒の学校生活にかんする「声」を伝えるチャンネルとして機能している。「時計が小さくて見えないから変えて欲しい」「サッカーボールが足りないから増やして欲しい」といった意見が出るという。
もう一つは、給食委員会(matråd)である。これは生徒が学校で無償提供される給食に意見をするチャンネルだ。「じゃがいもが硬い」「魚料理が多すぎる」「(宗教上の理由もあるので)肉料理以外の食べ物を増やして」、と意見をしたとインタビューをした生徒たちは教えてくれた。スウェーデンには大人を含めて食物アレルギー、ラクトース・グルテンフリー、ベジタリアン、宗教上の理由で食の事情が人によって大きく異なるので、食に関して意見をできないことは生活に直結する深刻な問題であることは理解できる。しかし、なぜ「民主主義の教育の実践」として紹介されたのか。他にもスウェーデンには、授業の学習内容を生徒自ら選び、評価をしたりする学校もあるという。[ii]
なぜスウェーデンの学校においては生徒の声をこのようにして聞くことを大事にしているのだろうか。スウェーデンの若者政策を根拠にすれば、その回答は「若者の影響力を高めるため」となるのだが、今回はスウェーデンの教育にその根拠を求めてみる。
教育の機会均等と個性化を実現するスウェーデンの教育
スウェーデンの公教育の始まりは中世にまで遡る。初等教育・前期中等教育が始まったのは13世紀ごろであり、後期中等教育が始まったのは17世紀であった。1477年にはウプサラ大学がスウェーデン王国で初めての大学として創立。教育政策は教育省の管轄下にあり教育基本法が対象としているのは、就学前教育、基礎学校(初等・前期中等教育に該当)、ギムナジウム(後期中等教育)、特別支援学校のみならず、自治体を基盤とする成人教育、移民のための学校、学童・児童館、ユースセンターなどの余暇活動施設も対象に含まれる。
義務教育は6歳から15歳の9年間であり、初等・中等教育においては公立・私立にかかわらず学費はかからない。給食費、交通費、社会見学や行事の費用も、親が負担する必要はない。大学・専門学校も基本的には学費は無償であり、給付型/返済型の奨学金も充実している。教育政策は分権化が進んでいるため、大枠は教育省下におかれる学校庁の定める学習指導要領の教育指針や評価基準に従うとしながらも、各教科の学習内容や目標の達成方法は各々の教師に任されており、柔軟な教育が可能となっている。[iii] 教育の機会均等と個性化をこのようにして実現しているのである。
スウェーデンの教育がいうところの「シティズンシップ」とは?
スウェーデンの教育基本法の目標は、大きく3つから構成される。1つ目は、知識や価値を提供すること。2つ目は個人の成長を促すこと。3つ目は市民性を培うことである。この3つが構成されて、民主主義社会の素養を培うことにつながると考えるのがスウェーデンの学校教育である。教育法(SFS 2010: 800)、によるとスウェーデンの教育は以下の役割を担うとされている。
・ありとあらゆる出会いと社会との繋がりを促進し、生徒に社会生活で積極的な参加をするための良質な基礎を提供すること (第十章二条)
・スウェーデン社会が根ざす人権並びに民主主義の価値を基本とし、それを伝えること (第一章四条)
・教育は、以下の事項を基本的な民主主義の価値と人権とみなし、それに沿って設計されなければならない
- 人類にとっての不可侵性
- 個人の自由と統合
- あらゆる人の平等の価値
- ジェンダーの平等
- 人々の連帯 (第一章五条)
これらを引き合いに出し、「生徒は民主主義社会において、能動的な市民性(ett aktivt medborgarskap;英訳: an active citizenship)を行使するための技能を育まなければならない」と解説しているのは、スウェーデン若者市民社会庁が監修した「政治について話そう!(Prata Politik)」というスウェーデンの学校教育での政治の扱い方に触れた副教材である。[iv]
同書はさらに、学校調査局(2012)の以下の文を引いて、ここでいうところの「市民的技能(den medborgerliga kompetensen;英訳:the civic competence)」が何によって構成されるのかを詳述している。
・法が定めるところのスウェーデン社会が根ざす寛容、平等、連帯、人権の尊重、多様性、環境などの基本的な民主主義の価値
・能動的に社会参加するために(för att aktivt kunna delta i samhällslivet)必要となる政治、社会、民主主義の機能にかんする論理的知識
・民主的な社会で生活と行動をするために必要となる読み書き、基礎的な数学力、コミュニケーション、情報収集の技術、批判的な思考、などの実践的な技能。生徒は、不変の知識と社会に溢れる情報を取捨選択し見極めることを学ぶだけではなく、責任をとる経験、参加をする経験、エンパワメントの経験、そして民主的な方法による練習の経験を積む必要がある
「形作る」ことができる民主主義へ向けて
以上のスウェーデンの教育が定めるところの「シティズンシップ」をどのように読んだだろうか。私は、スウェーデンでは民主主義の価値と論理的な知識の習得のみならず、民主主義の「実際の経験」を通じた市民の技能の獲得を強調しているように感じた。そう読めたのは、冒頭の生徒会や給食委員会の情景が浮かんだからだけではない。
英語の “citizenship”とスウェーデン語の”medborgarskap”は必ずしも同じ意味で読むことはできない。なぜなら北欧における「共同社会の民主主義」とは、実生活に根ざした「生活形式の民主主義」であるからだ。[v] デンマーク青年協会の初代議長であり、コペンハーゲン大学の神学教授を勤めたハル・コックは、自著で民主主義の本質は「対話と相互の理解、尊重である」としている。その上で「民主主義はシステムでも教理でもない。それはひとつの生活形式である。だが、民主主義を生きることは諸々の教科書や諸条項につきしたがって学ぶことができない。民主主義はひとつの芸術である(訳:小池直人)」[vi]という強調から、北欧においては民主主義が如何に形而上学的な側面よりも「実際の経験から形作る」ことが重視されているかが伺える。
視点が大きくなるが、このことは北欧の民主主義を構成するもう一つの要素とされている「経済民主主義」にも表れている。[vii] これは福祉国家による富の再分配により、実生活に直結する経済的な格差の影響を最小限にすることを目指した民主主義である。北欧は日本よりも学校間格差が小さいことや家庭的な背景・出身による教育への影響が小さいことがOECD(経済協力機構)の実施するPISA(国際学習到達度調査)の結果から報告されている。それは民主主義を形だけに留まらせない信念の現れである。理念として民主主義を標榜するだけではなく、民主主義のトレーニングの場としての教育実践と、そのための生活を可能とする基盤を保障した「民主主義」を実現するには、どうしていけばいいだろうか。
両角達平
参考文献
[i] 両角達平. 「若者が社会への影響力を高める実践〜スウェーデンの高校の学生自治会の取り組み〜」. JCEF News, 2015年.
[ii] 佐藤麻里子. 「スウェーデンの学校教育における『主体性と発信力』育成 : 『影響力の発揮』というキーワードに着目して」. 教育学研究年報 27 (2008年10月): 45–66.
[iii] 川崎一彦, 澤野由紀子, 鈴木賢志, 西浦和樹とアールベリエル松井久子. みんなの教育: スウェーデンの「人を育てる」国家戦略. ミツイパブリッシング, 2018.
[iv] Stark, Emma. Prata politik! : ett metodmaterial om demokratiska samtal i skolan. 編集者: Bohlin Ingrid. Stockholm: Myndigheten för ungdoms- och civilsamhällesfrågor, 2014. http://www.mucf.se/sites/default/files/publikationer_uploads/prata-politik.pdf.
[v] 小池直人. デンマーク共同社会(サムフンズ)歴史と思想: 新たな福祉国家の生成. 大月書店, 2017. p69
[vi] ハルコック. 生活形式の民主主義: デンマーク社会の哲学. 花伝社, 2004.
[vii] 同上
事業の一環で、会員向けに定期的にニュースレターを発行しており、現在「ヨーロッパの動きから考える」という連載をやらしていただいています。
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