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スウェーデンの若者の主体性はどのように形成されているか?

今週はじめ、日本のユースワークの老舗である京都ユースサービス協会の勉強会に講師としてお招きいただきました。若者会議、若者議会などの名称で全国で今盛り上がりをみせている若者の地域参画を促進する枠組みである「ユースカウンシル」についての勉強会でした。今回ぼくは、スウェーデンのユースカウンシルの取り組みを中心にお話しさせていただきました。
 
講演後、最も多かった質問が「スウェーデンの若者の主体性はどのように形成されているか?」という質問です。スウェーデンでは若者の選挙投票率が高く、若者の団体や組織活動が盛んで、それらを支える制度が整っている。それらの制度を活用しながら盛んに団体活動をする際に、若者の主体性はどのように芽生えるのか?という質問です。つまり、若者が何かしらの活動をする際に、どう若者はその「やろう!」を意識化して動き出すのかというミクロな個人の意識レベルでの視点です。
これはぼく自身の原点の質問であり、永遠の問いでもあります。なぜってぼく自身が静岡でユースワークの活動していく中で常に考えていたことだからです。また、ぼく自身一人の若者として主体性が発揮されて、これまで様々な活動に関わってきました。
若者の主体性が「異様に?」高いスウェーデンに出逢い、現地でその謎を解き明かすために渡瑞し、ある時は現場でミクロな視点で、ある時は学術的なアプローチでマクロな視点で研究してきました。
改めて今、答え合わせをしてみます。
残念ながら若者参加の研究において、どのような諸条件が「主体的な参加」を導くのかに着目したスウェーデンの実証研究を発見することができていません。スウェーデンに限らず、このような因果関係を導く研究は、影響を与える要因が複雑すぎて分析が難しいでしょう。経年調査を大規模でやったとしても、普遍化に限界はありそうですし..。誰か、近い研究など知っていたら教えてください。
しかし、その答えとなるような回答をスウェーデンの若者支援の現場の職員さんからもらったことはあります。こちらの論文では、スウェーデンの余暇活動施設に通うある若者にインタビューをし、彼がどのような活動に関わり参加して行ったのかその過程を書きました。
欧州・スウェーデンにおける若者参加 スウェーデンのあるユースセンターにおける取り組み (学部の卒論)
2014年3月、休学を含めた6年間お世話になった静岡県立大学国際関係学部を卒業しました。卒業論文では、スウェーデン留学時におこなったインタビュー調査を元にした、スウェーデン・ヨーロッパの若者参加について扱いました。 せっかくなのでここ
ここでインタビューした彼はこの時は既にプロジェクトのリーダーを務め、地域を良くするために政治家を招いてワークショップを開催するなどしていました。
しかし、この施設に通い始めた当初からそのような活動をしていたわけではなく、最初は施設にたむろしていただけでした。そこに職員が働きかけ、仲良くなり、既存の活動に誘うところから始めて、徐々に関わりが深くなるにつれて、イベントの企画の手伝い→主催→施設の運営理事会に参加→理事長になる→施設外でも地域を巻き込んだプロジェクトのリーダーになる、といった具合に、「参加の梯子」を登りました。
この余暇活動施設では、他にも様々な形態で参加が起きます。まとめると以下のようになります。
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ではこのような過程を、大人のサポーターである施設の職員は、どう支援し、関わっているのか。
2012年に実施したスタディツアーに参加した日本で若者支援に取り組む方ががこんな質問をしました。
Q : 日本の中学生に学校の校則、予算を自分たちで決めたいか、という質問をしたら「それは荷が重すぎるからやりたくない」と言われました。どうすれば参加の意欲を高めることができるでしょうか?
それに対して、若者と一緒に余暇活動施設(ユースセンター)を立ち上げたことで知られている、スザーナという職員さんはこう答えました。
A :  KASAMという(SOC:首尾一貫感覚)という理論があります1。これは「何らかの一部であると感じる」ということです。社会の一員であると感じるならば、何らかの一員であると感じるならば、心地良さを感じられるという理論です。大きなものの一部であると感じることができるなら、成長したらより安定した人格になることができるという理論です。
 
若者に、自分たちが何らかの一員であるという考えをどのように与えられるかが大事になってくると思います。いきなり生徒に校長を選びたいかと聞いても生徒はそのような状況に慣れていないので、自分たちのことを信じていないし、そんなことができるとも思っていません。生徒たちは、「これは私の仕事ではない」「こんなことできない」「大変過ぎる」と言うでしょう。しかし、もっと小さな一歩から始めれば変わってくるでしょう。小さな一歩から始めると、自分は学校の一員だと感じることができます。「ここに座り、これをしなさい」と言われるだけの生徒ではなく、学校の一員であり、「学校は私を必要としている」「私は学校を必要としている」と感じることができれば、生徒たちは校長を選びたいかと問われたときに、もちろんそうしたいと答えるでしょう。これはどんなプロジェクトにも同じことが言えます。大切なことは、常に小さな一歩から始めるということです。もし若者が過ちを犯しても、あまり厳しくしないでください。厳しすぎれば、きっと萎えてしまうでしょう。だから、時間を与えて小さな一歩を歩ませ、そのようにしたらいつか校長を選ぶどころか、彼ら・彼女ら自身が校長となっているでしょう。(Susana Brolin)(YEC スウェーデン視察報告書 2012)
ぼくはこちらの論文でより良い参画を発揮させるためには、「権利」「資力」そして「若者と大人の権力関係の転換」の3つが必要だとまとめました。
特に権力関係の転換は、スウェーデンの若者政策がある時から本質的な議論をするようになる若者参加を促す際の、「大人のパターナリスティックな若者への視線」そのものを変えないといけないのではないかとまとめました。つまり、「私(大人)が若者を正しい道に導いてあげよう」という姿勢です。
しかし、ここでスザーナはこれらの言葉を使うことなく若者参加の本質を説きます。もちろんこの3つの条件は含んでいるのでしょうが、「何かの一部であると感じる」という首尾一貫感覚を強調しているのが特徴的でした。
何かの一部であると感じられる。確かにあるプロジェクトを自分ごと化することなく、突然割り振られてやれといわれてもやる気は起きません。もし一部になっていたとしても、「自分が必要である」「自分がやらないで誰がやる」状態にならなければ、関わりの度合いが高くなりません。この一連のプロセスを経るには、上意下達なやり方ではない方法でフラットに関わって丁寧に信頼ある関係性を育む必要があります。
日本の教育現場では、部活やサークルなどのグループ活動自体は盛んですし。しかしこの「何かの一部であると感じられる」感を伴って活動ができている人が、どれだけいるかはわかりませんね。強制入部させられる高校などもあるくらいですし。

意思決定をし、自分への影響力を高める参画の機会

逆に日本の教育でよくないのは、集団主義で終始してしまうことなのかなとも思います。

集団に所属していると、自分で意思決定しなくともその集団の方針に従えばいいだけですから。もちろんリーダー層は意思決定を迫られますが、それは一握りなのでほとんどの人は意思決定を経験する必要がないでしょう。

スウェーデンの教育や若者支援の現場では、意思決定をさせる場面が多いです。 佐藤麻里子さんの論文:『スウェーデンの学校教育における「主体性と発信力」育成- 「影響力の発揮」というキーワードに着目して』ではスウェーデンの学校教育現場において児童は以下のことを決めることが求められるということです。

  • 自分で何を学習するか
  • この教科の中で何を学ぶか (課題)
  • この時間はどこで学習するか(場所)
  • 誰と学習するか (共同学習者)
  • この課題がどの程度をゴールとするか(到達度)
  • 何を学んだか (自己評価)

自分の学びの主体は自分だから、このようにして学習内容と方法を自分で決定して、自分の「学習」に対して影響力をもつのです。興味深いのは「影響力」というスウェーデンの若者政策の目標である独特の表現がここでも使われていることです。

この意思決定を任せる方法は、日本では、アクティブラーニングやProject based learning (問題解決学習)などと呼ばれているものに近い取り組みでしょう。しかし、スウェーデンでは、スウェーデンの教育カリキュラムの目標である「民主主義の価値を教えること」が強調されていてその文脈の中に位置付けられています。
この学校での民主主義教育に加えて、これまで僕が紹介してきた学校外における余暇活動の取り組みが様々にあります。これらの多くの取り組みでも、若者のやりたいことを支援するプロジェクト支援型の活動が圧倒的に多いのがスウェーデンの余暇活動・ユースワークの特徴です。元受刑者の自助支援のNGOであるKRISも、、地域のユースカウンシルでも同様に、やりたいことをまず話し合って決めて、それを実行するのみです。もちろんユースセンターでも。
ストックホルム市文化局は芸術活動に助成申請できる「クイックマネー」制度を設け、セツルメントの連合ネットワークであるユースワークの中間支援組織(Fritidsforum)もプロジェクトへ助成金を拠出し、実現方法の支援をしています。もちろん若者市民社会庁の主要事業の1つは、若者団体への助成です。
学校外のこれらの取り組みがいいのは、座学で終わらないで知識を現実社会で「実際に使える」という点です。学校という箱庭に隔離されず、現実社会への参画の機会になっているのです。日本では、学校の外に子ども・若者を「触れさせる」ことが極端に少ないのに、それでも進路の選択は中・高校生時代にはしないといけないという矛盾があります。無理がありますよね。

圧倒的な余暇がそもそもあること

これらの活動を可能にするには、言わずもがな圧倒的な余暇の時間が必要です。

僕は日本の大学はヨーロッパの「ユースセンター」みたいだと思うんです。それこそ、受験勉強から解放されて親元を離れて、高校とは比較にならないくらい自由に活動ができるという意味で、です(逆にそれまでは大学受験や部活などで忙しくて全然できないっていう…)

実際、日本では大学を基盤としたサークル活動は盛んですし、主体的に取り組んでいる人も多いと思います。何か新しいことにチャレンジしようとするのも、大学時代が多いのは、圧倒的に「ひま」だからでしょう。

しかし、最近の日本の大学生は「多忙化」しており、ボランティア活動などへの参加も以前より少なくなったと、現場で大学生と関わっている実践者からからよく聞きます。その理由は、大学が以前よりも「サボりにくくなった」ことがあるようです。電子カードなどでの出席確認の厳格化などが影響し、さらに就職活動では成績をみられることもあるので単位取得を優先する人が増えたとか。加えて、保護者からの仕送りが減りアルバイトなどに従事せざるを得ない大学生が増えたこともあるのではないかということでした。
就職氷河期を経験したロスジェネ世代の子どもたちが今の大学生であることを考えると、子どもには「真っ当な」進路選択をしてもらいたいということから、授業をサボらない「保守的な」学生を生み出しているのかもしれません。だから就活に役に立つかわからないボランティアをやるのではなく、真っ当に授業に出席して単位をとって、時間があればバイトを入れて…といった忙しい学生生活になっているのではないか。つまり「ひま」がなくなってきている。
日本の若い社会人は言うまでもなく仕事のしすぎなので、ひまが多いとは言えません。
結果、仕事で忙しくて選挙投票にもいけなくなるという…。
比べてスウェーデンの若者は、日本のように受験勉強のために猛勉強するわけでもなく、塾がなく、部活は学校外の地域のクラブ活動を基本とします。仕事も17時で終えて帰り、余暇活動を充実させています。そこに、NPO活動や学習サークルへの参加をもちろん含みます。
若者の主体が形成されている状態は、「エンパワメントされている状態」と言い換えることができます。この状態を達成するためにはある一定の条件が揃わないと唱えたのが、エンパワーメント概念の基礎を築いたジョン・フリードマン2です。その8つの条件の1つに「余暇時間」が含まれています。
  1. 生活空間
  2. 余暇時間
  3. 知識と技能
  4. 適正な情報
  5. 社会組織
  6. 社会ネットワーク
  7. 労働と生計を立てるための手段
  8. 資金

もしかしたら「ひま」が少なくなってきているから、エンパワーメントされない、つまり「主体性を発揮させる」ことができなくなっているのかもしれません。

「ひま」「無駄な時間」の重要性は、ダニエル・ピンク提唱する「モチベーション3.0」からも明らかです。有名なのはGoogle の「エンジニアは仕事時間の20パーセントを何でも好きなことに使うことができまる」という20%ルール。これを始めてからGmailなどの新しいサービスが始まったのは有名です。他にも報酬などの外的なインセンティブがないにもかかわらず成功した事例として「Wikipedia」を紹介します。実は、Wikipediaが有名になる前に、Microsoftは Encartaという百科事典をつく作り始めました。それは専門家に報酬を払って記事を書いてもらいマネージャが全体を監督し、予算と納期の中で仕上がるようになっていました。何年か後に、Wikipediaが誕生し、こちらは百科事典の内容を書きたい人なら誰でもアカウントを作って書き込めるようにしたのです。もちろん無償です。Encarta は外的なインセンティブ(報酬)がありましたが、Wikipediaは完全に個人の「自主性」に任せたのです(内発的動機)。
結果、今日ぼくらが使っているのはWikipediaです。そこに「空白」があったから埋めたい人が埋めていったのです。スウェーデンの若者政策が1940年代に参加に関して議論を深めた時に、若者に「スペース(空間)」を与えることを強調し、以降、ユースセンターの設置やユースワーカーの配備が進みました。もしかしたら、日本の若者の時間的・物理的な「スペース(空間)」がどんどんなくなってきていることもまた、主体性を阻害している要因かもしれません。

 1. SOC(首尾一貫感覚)。ユダヤ系アメリカ人の医療社会学・健康社会学者、アントノフスキ ー・アーロンが提唱したストレス理論。ー医療社会学者だったアントノフスキーは1970年代にイスラエルで、ナチスの強制収用所に収容されて過酷な環境を生き抜き生還した経験を持つ更年期女性の調査をして、その3割に当たる 人が心身ともに健康であったことに注目し、1987年に健康を保持増させる一つの要因として首尾一貫感覚(Sense of Coherence)(SOC)を提唱。文献:『健康の謎を解く―ストレス対処と健康保持 のメカニズム』アーロン アントノフスキ

2. ジョンフリードマン 市民・政府・NGO―「力の剥奪」からエンパワーメントへ. 翻訳者: 定松栄一, 西田良子と林俊行. 新評論, 1995.

コメント

  1. […] 同じく本プロジェクトで検討委員をされている両角達平さん(ブロガー)も講師として登壇され、スウェーデンの若野の参加の事例を中心に話題提供されました。(両角さんの報告記事) […]